入管収容施設における医療放置の実態 急病人に逆らうなと恫喝 2


 記事1(概要) 記事3(証言・報道)

 2017年6月における入管収容施設での医療放置(記事1を参照)について、その証拠となる入管の内部文書を公開します。以下の二つの文書は、当該の男性ご本人の同意のうえで、男性の代理人である大橋毅弁護士から提供されました。なお文書の黒いマスキングは入管によるもの、緑のマスキング(本人名)とピンクの下線(問題のある箇所)は弁護士によるものです(クリックして文書データを閲覧可)。

  • 看守勤務日誌 2017年6月3日: 本人が個人情報開示請求により取得。

 以下は上の文書からの抜粋(太字は引用、〔 〕は当団体による注記)および本人の証言、弁護士のコメントです。本人証言は、当団体が収容中に男性から聞き取ったものです。

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2017年6月3日

(日誌2頁) 〇〇看守責任者指示により、容態観察のため、収容区B共同4号室トルコ人〇〇〔本人〕を収容区G単独3号室に移室。〔時刻は入管により隠されているが、開放処遇(自由時間)終了後から夕食前〕

(日誌5頁) 〔夕方の点呼と看守職員の交代の後、夜間に〕容態観察中の収容区G単独3号室トルコ人〇〇〔本人〕は、インターフォンを介して、腹痛の症状を訴えていたところ、突然興奮し、居室の壁を1回殴打した後、「お腹痛いよ。」と収内に響き渡るほどの大声を出したため、〇〇警守長がインターフォンを介して同行為を口頭で制止した。

(日誌6頁) 〔制止の直後〕収容区G側調室において、収容区G単独3号室トルコ人〇〇〔本人〕に対する事情聴取及び生活指導を実施。〔入管収容施設での医療放置が常態化していることの証拠。しかも下記の本人証言によれば、これは「生活指導」よりも恫喝と呼ぶのが正しい。〕

(本人証言) 職員に腹痛を訴えたのに、独房〔上述のG単独3号室〕に入れられ放置された。何度も苦しみを訴えると「お前は4時間くらい寝ていたから大丈夫」と言われ、頭に来て壁を叩いた。すると6人くらいの職員に別室に連れていかれ、二度と逆らわないよう脅された。

(弁護士コメント) 入管職員は「容態観察のため」という名目で男性を独房に移し、夜中に職員が彼の観察を実施、しかし医師による診察はなかった。男性は激痛で叫んでいたにもかかわらず、生活態度が悪いと説教をしただけで、何も治療をしていない。

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2017年6月4日

(報告書1頁) ……〔男性は〕翌4日、容態が快復したため、日朝点呼後、収容区B共同4号室に移室した経緯のある者である。〔後出の本人証言のとおり、男性は独房にいたままでは生命の危険があると感じたので、雑居房に戻るために機転を利かせて、痛みが治ったふりをした。〕

(報告書2頁) ……14時03分、収容区〇〇室〇〇人〇〇〔同ブロックの収容者の一人〕が、収容区B側ホール搬入口から、「〇〇〔本人〕の体調が悪いです。」と訴えたことから、14時06分、〇〇警守が収容区B共同4号室に赴き、〇〇〔本人〕の検温及び血圧測定を実施したところ、
  体温 38度7分
  血圧 153/89mmHg
  脈拍 103回/分
を確認したことから、これらの状況を〇〇看守責任者に報告した〔他の収容者の訴えで、ようやく職員が動き出したのは、独房にいたままでは危険だという男性の予感が正しかった証拠〕。……15時32分、〇〇看守責任者指示により、〇〇警備士長以下4名で、〇〇〔本人〕を東京都港区所在の東京高輪病院へ連行した。……東京高輪病院において〇〇〔本人〕は〇〇医師による問診、触診及び各種検査を受けた結果、急性虫垂炎及び限局性腹膜炎と診断され、緊急手術を要するとして、入院措置となった。

(本人証言) このまま独房で死ぬかもしれないと危険を感じた。〔この年の〕3月に牛久でベトナム人が病気なのに放置されて死んだ事件を思い出した。だから痛みが治ったと嘘をついて雑居房に戻りたいと職員に伝えた。
 移室後、トイレに行くと流血していたので、職員に報告。同房者も、彼の容態が悪いことを訴えてくれた。こうして、ようやく高輪病院に連れていかれた。24時間以内に手術が必要だと医者に言われて、すぐに手術を受けた。


 記事1(概要) 記事3(証言・報道)





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# by p-dragon | 2018-05-04 20:11 | 声明・情報・考察  

入管収容施設における医療放置の実態 急病人に逆らうなと恫喝 3


 記事1(概要) 記事2(証拠・証言)

 2017年6月における入管収容施設での医療放置(記事1を参照)について、当該男性にたいする退院後の処遇の実態を、時系列で整理しています。本人証言は、当団体が収容中に男性から聞き取ったものです。報道は、東京新聞の記事を参照しています(「収容中「診療1カ月放置」 東京入管、発症日虚偽記載か」2018年4月23日)。

※ 関連まんが ある日の入管51(2017.10.14 公開) クリックで拡大
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2017年6月 手術後
(本人証言) 入管の指示で、退院予定日より1日早く退院させられた。さらに消毒やガーゼ交換など術後の処置は自分でやるよう入管職員に告げられた(6月15日に面会で証言)。退院後にも手術痕が腫れ、膿が出る(7月3日に証言)。

7月21日
(本人証言) この日、男性は収容施設内の階段で日倒れた。

7月23日
(報道) 同日付の東京入管「被収容者申出書」は、男性について「一昨日から急性虫垂炎で手術をした腹部に痛みがあり、膿(うみ)もでている」と記述。しかし、それより前から男性は手術痕の痛みを訴えていた。男性が症状を訴えた日を偽っている疑いがある。

7月24日
(報道) この日にようやく男性は収容施設内で医師の診察を受けた。入管は、この日より前に診察を受けさせた旨、主張している(2018年4月24日上川法務大臣)。しかし、それがいつなのか具体的な説明はない。

8月2日
(本人証言) 当団体との面会で、手術痕から膿が出ていること、また食欲がなく一日一回しか食事を取れないことを伝えた。

8月14日
(本人証言) 当団体との面会で、病院に行きたいが連れて行ってもらえないこと、また男性を常習的にいじめてくる職員の番号がB1072であることを伝えた。職員B1072は、収容者を「お前」呼ばわりし、大声で高圧的に話しかけ、逆らうとすぐに別室につれていき、大勢の職員で脅しをかけてくるとのことだった。なお当団体が面会した他の収容者も、職員B1072について同様の証言をしていた。

9月29日
(本人証言) 仮放免不認定を通知された後、自殺しようと思ってシャンプー液を300CC飲み込み、気を失った。その後、病院に搬送された。収容所に戻されると、10月3日午後まで懲罰房に監禁され、その間、結婚指輪を含めた身の回りの品をすべて取り上げられた。

(別の収容者の証言) 男性はシャンプー液を飲み込んで倒れ、泡を吐いていた。最初、職員たちは彼を独房に入れた。それを見ていた同ブロックの収容者たちが「彼が死んでしまう」と抗議した。その後、ボス(上級職員)が来て彼のようすを確かめ、ようやく病院に搬送された。

10月23日
仮放免許可を受け、男性は収容を解かれる。


 記事1(概要) 記事2(証拠・証言)






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# by p-dragon | 2018-05-04 20:10 | 声明・情報・考察  

入管収容施設で自殺したインド人男性の続報

【注記】2018年5月3日、記事を修正。

 4月13日午前、東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に収容されていたインド人男性ディーパク・クマルさん(Deepak Kumar)が自殺しました。当局がクマルさんの帰国できない事情を鑑みず、収容施設に無期限に監禁しつづけたことが、彼を自死に追い詰めたのは明白です。この件について、当団体は入管の責任を追及するものです。報道によればインドの遺族も、日本政府にたいして真相究明を求めています(4月21日「入管収容施設で自殺した男性の経緯」を参照)。


1 クマルさんの難民申請

 5月3日、牛久入管収容所問題を考える会から聞いたところでは、先日、外国人支援諸団体が議員を交えて入管側と面談したさい、クマルさんが入国後72時間以内に難民申請していたと入管が説明していたとのことです。当団体が本記事を5月2日に発表したときは、他の資料も考慮して、彼が難民申請していない可能性を指摘しました。しかし、実際には彼が難民申請していたことが明確になりました。2日の発表の間違いをお詫びとともに訂正します。

 事件当初、入管はクマルさんが難民申請していることに言及しませんでした。4月23日付、有田芳生議員への回答文書では、法務省入国管理局はクマルさんの入国から自殺までの経緯を説明していますが、これにも彼が難民申請したことは書いていません(同議員がツイッターで公開 https://twitter.com/aritayoshifu/status/988282835944464384)。クマルの自殺の責任は入管が難民不認定を決定した点にもあると追及されることを避けたかったのではと疑いたくなります。

 当団体は、すべての入管収容に反対しています。仮に収容そのものが必要だと認めるとしても、いま入管がおこなっている無期限の収容は間違っています。もし本人の事情にもかかわらず送還しなければならない人がいるとして、入管はその人を収容した後、ただちに国費で送還しなければならないはずです。ところが実際には、帰国を拒む人を、収容に耐えきれず自費出国に同意するまで無期限に監禁しつづけるという方法を、入管はとっています。入管法に期限の定めがないからといって無期限に収容することが、法的に正しいとは言えません。むしろ対象者の人権を無視している点で、憲法前文(国際協調)や国際条約(国際人権規約)などに反しています。

 クマルさんには帰国できない事情がありました。難民申請もしていました。それを入管は分かっていながら、というよりむしろそれを分かっていたからこそ、彼に帰国を強制するため無期限に収容しつづけたのです。それ以外に、彼を自死にまで追い詰めることになった理由は考えられません。


2 クマルさんの家族・親族の話

 4月25日、インドタイムズ紙(Times of India)ウェブ版に、クマルさんにかんする記事が載りました(Deepak's relative regrets not bringing him back home)。それによれば、4月22日日曜日、クマルさんの遺体はインドの自宅(パンジャーブ州ルディヤーナー)に到着し、葬られました。

 同記事には、クマルさんといっしょに来日した親族の証言も載っています。彼によれば、彼とクマルさん、もう一人の友人の3名は、2017年4月に就労の目的で日本に入国したそうです。仕事が見つからなかったので、彼と友人は在留期限として定められた7月13日(実際には仮放免許可の期限と思われる)に出国し、インドに戻ることに決めましたが、しかしクマルさんだけが帰国を拒みました。クマルさんは母親の治療費を稼ぎたかったので、渡航と在留にお金を費やしたのに手ぶらのまま帰るわけにはいかなかったそうです。クマルさんは在留を申請したものの認められず、入管に収容されてしまいました。

 クマルさんの兄弟も、同記事で次のように証言しています。「私とディーパク(クマルさん)は父親の履物工場で働いていたが、母親が腎臓の疾患と診断され、手術には30万から40万ルピー(約50万から65万円)が必要だと医者に言われた。家族経営の工場で、この金額を工面するのは難しかった。そのためディーパクは日本に行くと決心した」。

 クマルさんは本国での迫害の恐れをもっていました。そのほかにも、腎臓疾患の母親の手術費を稼ぎたいという希望があったようです。迫害や危険からの避難という動機があることとは別に、経済的な目的があることは、矛盾することではないし、その人の難民性を減ずることではありません。


3 日本の移民政策の矛盾

 そもそも矛盾しているのは、日本の(事実上の)移民政策です。

 日本は表向き「単純労働の外国人は受け入れない」という政策をとっています。しかし他方では、技能実習生という名目による非専門分野の外国人労働者の受け入れ、国策としての多数の留学生の受け入れなどを行ってきました。これらは事実上の移民政策といえます。ただしそれは、外国人の使い捨てを容易にする、いびつな政策と言えます。現行法では移民労働者を厳しく管理・監視し、入管の方針にあわなくなった移民はすぐに追い出せるようになっています。他方、人権の観点にもとづいた移民の社会統合の支援を、日本は国政レベルではまったく採用していません。また法的立場の弱さのせいで、技能実習生など少なからぬ外国人労働者が就労先で搾取や差別にあっています。

 日本に多くの外国人労働者がいる実態を外から見て、日本に出稼ぎに来たいと他国の人が考えるのは自然だし、なんら悪いことではありません。入管政策こそが実態に反しているのです。しかし入管は、そのような政策の問題に目をつぶって、ひたすら厳しい統制を続けています。そのせいで、多くの外国人が就労を希望して来日しながら、かえって苦境に陥れられてしまうのです。



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# by p-dragon | 2018-05-02 16:22 | 声明・情報・考察  

ある日の入管58

東京入管の7階面会受付。
ここの職員は子供好きが多く、このような光景をよく目にする。
悪気はない、それはよくわかる。
でも、自分たちの立場は忘れないでほしい。
あなたたちもこの子のお父さんを収容している組織の側の人間であることを。

クリックでかくだい。
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# by p-dragon | 2018-04-28 15:31 | 4コマまんが  

牛久入管ハンガーストライキ 収容者の声 入管に抗議を!

【4月27日(金)追記】 今週のうちに、どのブロックもハンガーストライキを終えたようです。提出した要請書にたいする返答を当局から得たブロックもあるようですが、具体的な改善策などを当局が約束したという話はありません。ひきつづき、入管への監視と抗議を呼びかけます。 

---

 東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に収容されていたクマルさんの自殺(4月13日)を受けて、同センターの収容者がハンガーストライキを始めたことが、国内外のメディアで報道されています。同センターで面会活動にたずさわる「牛久の会」から聞いたところでは、4月18日の時点で約140名がハンストに参加しています。本記事では、牛久入管でのハンストの状況および参加者の声を伝えます(当団体が20日に面会で得た情報にもとづく)。

 読者のみなさんもぜひ、収容者に連帯して、FAXや電話などで当局に抗議し、収容解除を求めてください。

東日本入国管理センター
 300-1288 茨城県牛久市久野町1766-1
 電話 029-875-1291
 FAX 029-830-9010

法務省入国管理局
 100-0013 東京都千代田区霞が関1-1-1 法務省内
 電話 03-3580-4111
 FAX 03-3592-7368


ハンガーストライキの実施状況
  • 現在、牛久入管には男性のみが収容されている。収容者の居室は 1A, 1B, 2A, ... 9B までのブロックに分かれる。異なるブロックの収容者どうしは手紙でしか交流できない(職員に渡した手紙が翌日に相手に届く)。
  • 今回のハンガーストライキは、クマルさんの自死を知った収容者たちが自主的に始めた。ブロック全員で意思統一して実施しているブロックもあれば、個人が行っているブロックもある。開始や終了(すでに終えている場合)の時期もブロックごとに異なる。ハンスト参加者は、水、塩や砂糖を溶かした水といった飲料以外は、給食であれ購入可能な食品であれ口にしていない。
  • クマルさんが属していた5Aブロックは、彼の自殺の2日後、4月15日(日)からハンストを開始。病人以外の全員が参加している。17日、当局にたいして要望書を提出したが、20日昼の時点で、まだ返答は受け取っていない。他のブロックは、16日からハンストを始めた場合が多いようだ。
  • 少なくとも5Aおよび5Bは、ブロックの総意として21日以降もハンストを継続する。8Aは21日に終了する予定。7Aは約40名がハンストに参加していたが、19日に終了。要望書にたいして来週に返答を出すのでハンストはやめるよう担当職員が約束し、それに応じたため。

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(牛久入管の内部 Seeking asylum in Japan 'like being in prison' BBC 2016.6.8)


ハンガーストライキ参加者の動機と要求

《動機》
  • ここに収容されている人はみんな、自殺したクマルさんの気持ちが分かる。いつ出られるか分からないから。もはや2年以上収容されている人も珍しくない。刑務所を出た人だと3年以上になることも。きちんと刑は務めきったのに、刑務所と変わらない環境に、刑務所以上に長く閉じ込められてしまう。職員に「このままでは自殺するぞ」と言う収容者は多くいる。職員は「そういうことを言うのはやめろ」などとしか返答しないが、軽い気持ちや単なる脅しで言っているのではない。(8A収容者談)
  • 自分もクマルさんと同様、仮放免(収容解除)申請の審査結果を3ヶ月待たされたあとに不許可と告げられた。通知を聞いたとき、心拍が急激に上がり、体温が熱くなって平静を保てず、冷たいシャワーを浴びながら泣いた。だからクマルさんの心境はよく分かる。(5A収容者談)
  • 牛久入管に移される前、東京入管でクマルさんと同室だった。だから、他の人はハンストをやめたが、自分は続けている。自分も彼のように、苦しみにたえられずに自殺してしまうかもしれないと思い、怖くなる。次にあなたに会うまえにやってしまうかもしれない。(2B収容者談)

《目的・要求》
  • 第一に求めているのは、長期収容者の仮放免である。(複数の収容者談)
  • 世間の人に入管で起きていることを知って欲しかったことも目的。ニュースとして伝えてもらいたい。(5A収容者談)
  • 5Bの参加者が当局に出す予定の手紙では、もちろん仮放免を求める。どうして日本人配偶者がいても収容するのか、なぜ病気の人を満足な治療も与えずに収容しつづけるのか、どうして無期限に収容するのかなど、理不尽に感じていることについて返答を求める。(5B収容者談)

《収容の不当性》
  • 自分は難民不認定と同時にビザを更新停止され、収容された。ところが、同じ状態なのに収容されることなく仮放免許可を受けた知人もいる。こんな恣意的なやり方は、ルールとは言えない。(5A収容者談)
  • 数日前、仮放免申請が不許可になった。それを電話で伝えると、配偶者(日本人)は泣いていた。娘はいつも「パパいつ帰ってくるの」と尋ねてくる。自分だけでなく外にいる家族も、入管に首を絞められているようなものだ。(2B収容者談)
  • クマルさん自殺の日、同じブロックの仲間が、金バッジの上級職員に説明を求め、また厳格な収容を見直すつもりがないのか尋ねた。それにたいして職員は、日本の景気が悪いこと、オリンピックが近いことを理由に、これまでの方針は見直さないだろうと答えた。この話を聞いて怒りが沸き起こった。たった数千人の収容者のせいで日本の景気が悪くなるのか? 私は20年以上日本に生活し、結婚して家族もいるが、2008年からの不景気で失業してしまい、家族を養わなければいけないのに、ハローワークには「外国人に紹介する仕事はない」と差別された。(5B収容者談)

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(牛久入管の内部 Seeking asylum in Japan 'like being in prison' BBC 2016.6.8)


報道
 入管収容者が集団ハンスト 東日本センター 長期の拘束抗議 東京新聞 4月16日
 入管収容施設で待遇改善求めハンスト、インド人男性死亡を受け ロイター 4月17日
 入管ハンスト 人権が守られていない(社説) 信濃毎日新聞 4月19日
 Japan detention centre immigrants start hunger strike (BBC, 17 April)
 他多数


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# by p-dragon | 2018-04-21 15:51 | 入管内からの声  

入管収容施設で自殺した男性の経緯


【注記】2018年5月3日、記事を修正。以下も参照。
 入管収容施設で自殺したインド人男性の続報

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 4月13日午前、東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に収容されていたインド人男性ディーパク・クマルさん(Deepak Kumar)が自殺しました。彼の自死について、当団体が現時点で把握しているかぎりの経緯を伝えます。

《関連記事》
 牛久入管ハンガーストライキ 収容者の声 入管に抗議を!(4月21日)
 当団体の抗議声明(4月20日)


 クマルさんは、2017年4月に来日。入国後72時間以内に難民申請していると入管は説明しています(当団体の面会での聞き取りによれば、彼は出身地での迫害の恐れを抱いていました)。入国3ヶ月後の7月、在留資格の更新を認められず東京入管に収容(このさい難民不認定が通知されたと思われます)。12月に東日本入管センターに移送。今年2月に面会したさいには体重が収容前から7.8キロ減ったと言っていました。もともと日本語は知らなかったものの、収容中に熱心に勉強したようで、基本的な会話ができるようになっており、ご本人の希望で日本語の教本を差し入れました。自殺の前週には、法テラスに電話相談し、弁護士との面会予定も作っていたそうです。

 しかし自殺の前日である4月12日、クマルは仮放免申請の不許可を通知されます。申請から3ヶ月が経っていましたが、仮放免の審査には通常で2週間程度かかるというのが当局の説明なので、彼が待たされた時間はかなり長いものでした。クマルさんの落胆は非常に大きかったと推察できます。しかし、周囲の人が彼のようすをとくに変だと感じることはありませんでした。

 4月13日午前、クマルさんは同じブロックの友人たちとゲームをしたり会話したりしながら、普通に過ごしていました。しかし、ある友人は、クマルさんが彼に「3ヵ月が無駄になっちゃったよ」と告げ、テレフォンカードを譲ったことを証言しています。その後、10時50分にクマルさんはシャワー室に行き、そこで帰らぬ人となりました。入管職員がシャワー室で彼を発見したとき、彼は首にタオルが巻かれた状態ですでに意識を失っており、搬送先で死亡が確認されました。捜査に入った警察は、同日13日のうちに、彼は自殺したと判断しています。クマルさんは日本に家族や親族がおらず、まだ代理人(弁護士)も見つけていなかったので、彼の遺体がどうなったのかは今のところ把握できません(入管は個人情報保護を理由に回答を拒否します)。

 インドの遺族(パンジャーブ州ルディヤーナー在住)はメディアの取材に応じ、日本政府にたいして真相究明を要求しています(Ludhiana man dies in Japan, kin seek probe, The Tribune, 16 April)。20日の記事は、遺族がインド政府にたいして早急に遺体を取り戻すよう求めているとも伝えています。彼のご兄弟は「インド大使館は兄弟が窒息死したとしか伝えておらず、満足できない」とコメントし、またクマルさんについて「彼は15日か20日ごとに電話をくれた。〔自殺前日の〕4月12日にも電話がきたが、元気だと言っており、父や母や他の家族のことを訪ねてきた」と、生前のようすを振り返っています(Family demands probe after Indian mysteriously dies in Japanese immigration detention centre, India Today, 20 April)。

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(クマルさんの遺族 India Today紙ウェブ)

 なぜクマルさんが自殺を選んだのか、正確に知るすべはありません。しかし、入管当局がクマルさんの帰国できない事情を鑑みず、彼の難民申請も認めず、それどころか強制送還の対象者として収容施設に無期限に監禁しつづけたことが、彼に自死を選ばせた最大の要因であることは明白です。





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# by p-dragon | 2018-04-21 13:04 | 声明・情報・考察