入管収容施設で自殺したインド人男性の続報

【注記】2018年5月3日、記事を修正。

 4月13日午前、東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に収容されていたインド人男性ディーパク・クマルさん(Deepak Kumar)が自殺しました。当局がクマルさんの帰国できない事情を鑑みず、収容施設に無期限に監禁しつづけたことが、彼を自死に追い詰めたのは明白です。この件について、当団体は入管の責任を追及するものです。報道によればインドの遺族も、日本政府にたいして真相究明を求めています(4月21日「入管収容施設で自殺した男性の経緯」を参照)。


1 クマルさんの難民申請

 5月3日、牛久入管収容所問題を考える会から聞いたところでは、先日、外国人支援諸団体が議員を交えて入管側と面談したさい、クマルさんが入国後72時間以内に難民申請していたと入管が説明していたとのことです。当団体が本記事を5月2日に発表したときは、他の資料も考慮して、彼が難民申請していない可能性を指摘しました。しかし、実際には彼が難民申請していたことが明確になりました。2日の発表の間違いをお詫びとともに訂正します。

 事件当初、入管はクマルさんが難民申請していることに言及しませんでした。4月23日付、有田芳生議員への回答文書では、法務省入国管理局はクマルさんの入国から自殺までの経緯を説明していますが、これにも彼が難民申請したことは書いていません(同議員がツイッターで公開 https://twitter.com/aritayoshifu/status/988282835944464384)。クマルの自殺の責任は入管が難民不認定を決定した点にもあると追及されることを避けたかったのではと疑いたくなります。

 当団体は、すべての入管収容に反対しています。仮に収容そのものが必要だと認めるとしても、いま入管がおこなっている無期限の収容は間違っています。もし本人の事情にもかかわらず送還しなければならない人がいるとして、入管はその人を収容した後、ただちに国費で送還しなければならないはずです。ところが実際には、帰国を拒む人を、収容に耐えきれず自費出国に同意するまで無期限に監禁しつづけるという方法を、入管はとっています。入管法に期限の定めがないからといって無期限に収容することが、法的に正しいとは言えません。むしろ対象者の人権を無視している点で、憲法前文(国際協調)や国際条約(国際人権規約)などに反しています。

 クマルさんには帰国できない事情がありました。難民申請もしていました。それを入管は分かっていながら、というよりむしろそれを分かっていたからこそ、彼に帰国を強制するため無期限に収容しつづけたのです。それ以外に、彼を自死にまで追い詰めることになった理由は考えられません。


2 クマルさんの家族・親族の話

 4月25日、インドタイムズ紙(Times of India)ウェブ版に、クマルさんにかんする記事が載りました(Deepak's relative regrets not bringing him back home)。それによれば、4月22日日曜日、クマルさんの遺体はインドの自宅(パンジャーブ州ルディヤーナー)に到着し、葬られました。

 同記事には、クマルさんといっしょに来日した親族の証言も載っています。彼によれば、彼とクマルさん、もう一人の友人の3名は、2017年4月に就労の目的で日本に入国したそうです。仕事が見つからなかったので、彼と友人は在留期限として定められた7月13日(実際には仮放免許可の期限と思われる)に出国し、インドに戻ることに決めましたが、しかしクマルさんだけが帰国を拒みました。クマルさんは母親の治療費を稼ぎたかったので、渡航と在留にお金を費やしたのに手ぶらのまま帰るわけにはいかなかったそうです。クマルさんは在留を申請したものの認められず、入管に収容されてしまいました。

 クマルさんの兄弟も、同記事で次のように証言しています。「私とディーパク(クマルさん)は父親の履物工場で働いていたが、母親が腎臓の疾患と診断され、手術には30万から40万ルピー(約50万から65万円)が必要だと医者に言われた。家族経営の工場で、この金額を工面するのは難しかった。そのためディーパクは日本に行くと決心した」。

 クマルさんは本国での迫害の恐れをもっていました。そのほかにも、腎臓疾患の母親の手術費を稼ぎたいという希望があったようです。迫害や危険からの避難という動機があることとは別に、経済的な目的があることは、矛盾することではないし、その人の難民性を減ずることではありません。


3 日本の移民政策の矛盾

 そもそも矛盾しているのは、日本の(事実上の)移民政策です。

 日本は表向き「単純労働の外国人は受け入れない」という政策をとっています。しかし他方では、技能実習生という名目による非専門分野の外国人労働者の受け入れ、国策としての多数の留学生の受け入れなどを行ってきました。これらは事実上の移民政策といえます。ただしそれは、外国人の使い捨てを容易にする、いびつな政策と言えます。現行法では移民労働者を厳しく管理・監視し、入管の方針にあわなくなった移民はすぐに追い出せるようになっています。他方、人権の観点にもとづいた移民の社会統合の支援を、日本は国政レベルではまったく採用していません。また法的立場の弱さのせいで、技能実習生など少なからぬ外国人労働者が就労先で搾取や差別にあっています。

 日本に多くの外国人労働者がいる実態を外から見て、日本に出稼ぎに来たいと他国の人が考えるのは自然だし、なんら悪いことではありません。入管政策こそが実態に反しているのです。しかし入管は、そのような政策の問題に目をつぶって、ひたすら厳しい統制を続けています。そのせいで、多くの外国人が就労を希望して来日しながら、かえって苦境に陥れられてしまうのです。



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by p-dragon | 2018-05-02 16:22 | 声明・情報・考察  

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