入管収容施設で自殺した男性の経緯


【注記】2018年5月3日、記事を修正。以下も参照。
 入管収容施設で自殺したインド人男性の続報

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 4月13日午前、東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に収容されていたインド人男性ディーパク・クマルさん(Deepak Kumar)が自殺しました。彼の自死について、当団体が現時点で把握しているかぎりの経緯を伝えます。

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 クマルさんは、2017年4月に来日。入国後72時間以内に難民申請していると入管は説明しています(当団体の面会での聞き取りによれば、彼は出身地での迫害の恐れを抱いていました)。入国3ヶ月後の7月、在留資格の更新を認められず東京入管に収容(このさい難民不認定が通知されたと思われます)。12月に東日本入管センターに移送。今年2月に面会したさいには体重が収容前から7.8キロ減ったと言っていました。もともと日本語は知らなかったものの、収容中に熱心に勉強したようで、基本的な会話ができるようになっており、ご本人の希望で日本語の教本を差し入れました。自殺の前週には、法テラスに電話相談し、弁護士との面会予定も作っていたそうです。

 しかし自殺の前日である4月12日、クマルは仮放免申請の不許可を通知されます。申請から3ヶ月が経っていましたが、仮放免の審査には通常で2週間程度かかるというのが当局の説明なので、彼が待たされた時間はかなり長いものでした。クマルさんの落胆は非常に大きかったと推察できます。しかし、周囲の人が彼のようすをとくに変だと感じることはありませんでした。

 4月13日午前、クマルさんは同じブロックの友人たちとゲームをしたり会話したりしながら、普通に過ごしていました。しかし、ある友人は、クマルさんが彼に「3ヵ月が無駄になっちゃったよ」と告げ、テレフォンカードを譲ったことを証言しています。その後、10時50分にクマルさんはシャワー室に行き、そこで帰らぬ人となりました。入管職員がシャワー室で彼を発見したとき、彼は首にタオルが巻かれた状態ですでに意識を失っており、搬送先で死亡が確認されました。捜査に入った警察は、同日13日のうちに、彼は自殺したと判断しています。クマルさんは日本に家族や親族がおらず、まだ代理人(弁護士)も見つけていなかったので、彼の遺体がどうなったのかは今のところ把握できません(入管は個人情報保護を理由に回答を拒否します)。

 インドの遺族(パンジャーブ州ルディヤーナー在住)はメディアの取材に応じ、日本政府にたいして真相究明を要求しています(Ludhiana man dies in Japan, kin seek probe, The Tribune, 16 April)。20日の記事は、遺族がインド政府にたいして早急に遺体を取り戻すよう求めているとも伝えています。彼のご兄弟は「インド大使館は兄弟が窒息死したとしか伝えておらず、満足できない」とコメントし、またクマルさんについて「彼は15日か20日ごとに電話をくれた。〔自殺前日の〕4月12日にも電話がきたが、元気だと言っており、父や母や他の家族のことを訪ねてきた」と、生前のようすを振り返っています(Family demands probe after Indian mysteriously dies in Japanese immigration detention centre, India Today, 20 April)。

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(クマルさんの遺族 India Today紙ウェブ)

 なぜクマルさんが自殺を選んだのか、正確に知るすべはありません。しかし、入管当局がクマルさんの帰国できない事情を鑑みず、彼の難民申請も認めず、それどころか強制送還の対象者として収容施設に無期限に監禁しつづけたことが、彼に自死を選ばせた最大の要因であることは明白です。





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by p-dragon | 2018-04-21 13:04 | 声明・情報・考察  

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