報告 入管収容による移民・難民の家族分離

Published on: 2018年 03月 04日


【2018.5.19 難民認定者数の図表を最新のデータに差し替え】

3月2日に外国特派員協会でおこなった記者会見における配布資料の日本語版を掲載します。
会見の動画は以下より閲覧できます(登壇者のうちハティジェさんと大橋弁護士の発言は日本語で視聴可)。
また、以下の「弁護士ドットコム」記事もご参照ください。
クルド人女性、仮放免打ち切られ入管に強制収容…母「娘を外に出して」と涙の訴え https://www.bengo4.com/kokusai/n_7521

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入管収容による移民・難民の家族分離

 市民団体SYIは、日本の制限的な入管政策、とくに入管収容に反対しています。今日は、入管収容による難民家族の分離という、あまり注目されないが深刻な、政府当局による人権侵害の問題について報告します。まずは入管政策の何が問題かを要約したうえで、被収容者とその家族の事例の紹介に進みます。

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無期限の収容 日本の法律では、退去強制を命令された外国人の収容について定めがありませんが、これを当局は、無期限の収容が法的に可能だと解釈し、収容をおこなっています。

人権侵害の温床 収容所での処遇も抑圧的で、不当な扱いに対して争う有効な制度もなく、被収容者に人権の保障が実質上ない状況です。収容施設の環境は、食事、衛生、日常生活での厳しい規則、外部者との面会や通信の制限、侮辱を感じさせる職員の態度、医療へのアクセスの厳しい制限など、さまざまな点で非人道的といえます。昨年3月、ベトナム人被収容者が脳出血で亡くなりましたが、苦しみのなかで緊急医療を求める彼の叫びに職員は応じませんでした。死に至らなくとも、ガンを含む深刻な病気にかかる被収容者は少なからずいます。

収容と送還 無期限の収容にたえかねて、多くの被収容者が自費による送還に同意させられます。統計によれば、日本での退去強制命令の執行のうち、9割以上が自費出国です。あきらかに当局は、無期限の収容を、送還実行の主要な手段として利用しています。それゆえに収容を無期限に、過酷なしかたで実施しているのだと推測できます。
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送還に抗する移民・難民 それでも、さまざまな理由から送還を拒否し、そのために半年、1年、あるいはそれ以上も収容されつづけてしまう人たちが多くいます。その大半は以下のいずれか、または両方に当てはまります。

 難民申請者: 日本の難民認定の基準は異常なほど厳格であり、それゆえに申請者の大半はやがて「不法」の状態に追いやられてしまう。そうなっても訴訟や再申請は可能だが、不安定な法的地位に耐えながら暮らすことを強いられる。

 非正規移民: 超過滞在などの入管法違反者や、何らかの理由で在留資格を更新拒否された(または取り消された)移民。日本政府は移民という語を避けているが、この語を使う。彼らの多くは、日本国内に家族をもつ、日本で生まれたか幼少期から日本で成長した、長期在留のため出身国に生活基盤がないといった、日本に在留する強い理由をもつ。

(注: ところで、法務省は近年、難民申請の「濫用」を、つまり、技能実習や留学の資格で入国した人々による、審査中の就労許可を目的とした難民申請にたいするキャンペーンを展開してきた。しかしこのキャンペーンは、就労目的イコール偽装難という誤った印象を社会に広げる点で、問題である。難民が国外に出るために比較的とりやすいビザを取得するのも、また避難先で生活や就労の許可を得ようとするのも自然なことだ。くわえてそれは、かりに難民ではないとしても、困難な事態に巻き込まれた人の存在を無視している。技能実習生はしばしば、多額の借金をして日本に来るものの、あっせん業者の説明とはまったく条件が異なる職場に当てがわれてしまい、職場移転の自由も保障されていない。そのため、より自由な就労条件のために難民申請をする人もいる。なお米国国務省人身取引監視対策部は、2007年から毎年、日本の技能実習政策を搾取労働の温床として非難している。)
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仮放免 被収容者は、仮放免を申請することができ、それが認められれば保証金を預けて解放されます(二、三ヶ月で許可されることは稀ですが)。入管当局は、仮放免者を「送還の見込みがない」者と把握しています。当局には非正規滞在者にたいして、人道的見地による在留許可を与える権限がありますが、それを実際に適用することは多くありません。そのため少なからぬ仮放免者が、移動の制限、就労の禁止、社会保障や大部分の公的サービスからの排除といった苛酷な条件を強いられ、さらには再収容の危険にもさらされながら生活しています。なかには、そのような状態で10年、20年、それ以上も暮らしている人もいます。2015年9月18日、法務省は、仮放免者の監視を厳しくする通達を出しましたが、その結果として仮放免者の再収容が増えています。
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今日この場に出席しているのは全員、難民としての庇護を求めてトルコから来日したクルド人で、家族が東京入国管理局に収容されています。日本政府は、トルコ国籍の難民申請者(大半はクルド人)を一人も認定しておらず、人道的配慮による在留資格を受けた人もごく少数しかいませんが、だからといって彼らが帰国しても問題がないということでは決してありません。そのため彼らは不安定な地位を強いられながらも在留を続けていますが、家族が収容されてしまうことで、精神的にも物質的にも一層の困難を強いられるのです。

ハティジェ・トーマ 2001年に夫と来日。2002年に二人の娘を呼び寄せ、また日本で男の子を一人生んだ。娘二人はすでに結婚しているが、長女メルバン・ドゥールスン(22歳)さんは、難民申請中のクルド人男性との結婚から11か月後の2017年11月27日、収容されてしまった。メルバンさんは全学齢期を日本で過ごした日本育ちの若者である。しかも彼女はパニック障害を抱えており、トルコで販売されている薬品がよく効くのでそれを使用しているが、当局はその使用をも禁じている。そのため彼女はより大きな精神的ストレスを強いられており、吐血をしたこともあるが、いまだに当局は彼女を解放しない。メルバンさんのことは日本語のメディア記事にも取り上げられている。

毎日新聞 川口のクルド人 第3部/1 来日16年、入管収容の女性 「日本にいさせて」
志葉玲氏記事 1 2 3
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アジゼ 夫が2011年に来日、彼女はその翌年、2012年に娘とともに来日。日本で娘と息子を一人ずつ生む。夫は2017年10月20日に、二回目の収容となってしまった(入国直後に一度収容されている)。そのためアジゼさんはいま、8歳と6歳の娘、そして1歳になった息子の面倒を、一人で見なければならない。しかも彼女は尿路結石を患っており、収容された夫と面会するために東京入管を訪れた際、2度も倒れ、救急車で病院に搬送されている(2017年12月19日と2018年1月29日)。2月には、手術が必要と医師に診断された。3月に入院しなければならないが、そのあいだに子どもたちの面倒を誰が見ればいいのか。また収入が絶たれた状況で、医療費をどう工面すればいいのか。

ネルギス 2015年に3人の子どもと来日、夫は前年の2014年に来日。夫は難民認定を受けられず、2017年10月30日に収容されてしまった。夫は入管職員に、帰国しろと強い口調で詰め寄られたと証言している。先のアジゼさんと同様にネルギスさんもまた、11歳の息子および6歳と4歳の娘の面倒を一人で見なければならず、いわば彼女たちはシングルマザーの状況を政府当局により強いられている。くわえてネルギスさんの夫は頚椎椎間板ヘルニアを患っており、現在、左半身のしびれを訴えているので、そのことを彼女は心配している。

ギュレイ 2017年に夫、娘と来日。息子ともう一人の娘は、その前に日本に来ていた。2011年に入国した息子のイスメットさんは、クルド人同士で殺し合いたくないという理由で、トルコの兵役を拒否している。彼はある日本人女性と、約二年の交際の末、結婚を約束していたが、その矢先の2017年11月1日、彼は二度目の収容となった(一度目は入国直後)。両親と婚約者、いつまでたってもイスメットさんが解放されないことを悲しんでいる。ギュレイさんは心的ストレスで血圧が高くなっており、毎月通院して血圧を下げる薬をもらっている。






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by p-dragon | 2018-03-04 23:18 | アクション報告  

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