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4コマまんが「ある日の入管」27

東京入管に収容されたこの2人の家族である父親と長男も、だいぶ前に収容され、すでに牛久入管に移送されていた。お互い収容されているので、会うことはもちろん電話などで声も聞く事すら許されなかった。唯一の伝達手段は手紙だけ・・・・。

補足:この漫画では、第三国という言葉がたまに出てくるが、難民認定されるより確率ははるかに低い。母国には帰れない、日本で難民として認められずヴィザも出ない、なら別の国に行きたいと思っていてもヴィザがなければ出国はまず不可能に近い。つまり八方ふさがり。

クリックでかくだい。

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by p-dragon | 2016-10-20 23:17 | 4コマまんが  

欧州難民問題について: 「難民危機」以前における欧州の国境政策

目次へ)

1.「難民危機」以前における欧州の国境政策

※ 2016.11.8 タイトルを変更。

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Source: worldmaritimenews.com


 2010年代、難民は世界的規模で増えつづけている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によれば、すでに2014年、世界の難民・国内避難民の数は、第二次大戦後で最大となる5950万人に達していた(▼1)。それでも難民の増加は収まらず、2015年の難民・避難民数は6530万人となっている(▼2)。この不幸な記録更新が、終わりの見えないシリア内戦をはじめとする、中東・北アフリカ情勢の不安定化にともなう事態であることはたしかだが、難民増大の要因の詳細な分析については措き、欧州への移民・難民が越境の途上や到着地でどのような困難に直面しているのかに注目したい。

 まずは統計的な情報をかんたんに見ておく。2015年における欧州への非正規の越境者数は、国際移住機関(IOM)の発表によれば12月に100万人を突破。そのうち大半を占めるのは海路(地中海経由)での上陸者(約97万人)で、残り(約3万人)はバルカン半島など陸路からの越境者。海路からの越境者の8割以上が、大半はトルコ経由でギリシャに渡る移民・難民であり(約82万人)、残りは北アフリカ経由でイタリア領内に上陸しているという(約15万人)。なおUNHCR Global Trends 2015では、例年には見られない「欧州難民危機」の特集が組まれているが、それによれば2015年は地中海からの上陸者だけで約102万人に達しており、海上での死者・行方不明者は判明しているだけで3771人にのぼる。越境者の出身国としては、IOM・UNHCRの共同声明によると、シリアからの出国者が約半数で、アフガニスタンからが20%、イラクからが7%となっている。他方、欧州連合(EU)自身の発表では、集計方法などの違いから、2015年の1月から11月までに「昨年1年間の5倍以上となる155万人」がEU域内に入ったとされている(▼3)(▼4)。

 このように数字は異なるものの、2015年に欧州へ越境した移民・難民が100万人を超えることは間違いない。2014年中には、EU機関は約27万8000人の「非正規越境者」を数えているので(▼5)、その少なくとも4倍の移民・難民が2015年中に欧州へ入境したことになる。越境中の死者・行方不明者も、年々増大しており、また海路での死者のほかにも、陸路での死者(すしずめにされたトラックのコンテナでの窒息死など)がいる。

 欧州に向かう移民・難民は、出身国における戦争や迫害や貧困・社会変動により苦しめられるだけでなく、欧州諸国やEU機関の厳しい国境管理という障壁のために、まさに命がけの越境を強いられる。そこで、ヨーロッパの国境政策の変化を概観しよう。

 第二次大戦後の高度経済成長期に、西欧諸国は大規模に移民労働者を受け入れたが、しかし1970年代に石油危機をきっかけとした長期不況に入ると、欧州諸国は移民の流入を制限した。他方で1970年代後半からは非ヨーロッパ諸地域からの難民も増えていくが、そうした人々にたいしても西欧諸国は敷居を高くしていった。

 1990年代からは、経済グローバル化が進むなかで、高い技能や専門能力をもつ移民、あるいは国内労働力が不足する特定の部門に従事する移民を、選択的に呼び込む動向が見られる。また、欧州の加盟国間で国境管理を撤廃し自由移動を促す、シェンゲン協定が発効する(1995年)。

 ただしこれらの政策転換は、加盟国が望ましくないと考える移民を排除するための手段の発展をともなっている。すなわち、ドイツの「安全な第三国」規定による難民申請の制限、EUのダブリン規則などの法的枠組や、身元確認技術の進化、越境者の監視・情報収集におけるEU機関・加盟国間での協力の発展などである。これら一連の手段をつうじた移民への統制強化は、2001年以降の「反テロリズム」の国際的動向により拍車がかかっていく。

 もう一つの特筆すべき国境政策の変化は、国境管理のいわば外部化、アウトソーシングである。つまり、領土内に入ってきた移民・難民には、多少なりとも人道的な配慮をしなければならない(少なくともそうしないと非難を受ける)から、あらかじめ移民の越境を防ごう、そのためにEU域外の近隣国に協力させよう、という発想である。この移民予防戦略の最前線に立つイタリアは、「1990年代末からチュニジアやエジプトなどの地中海南岸諸国と数々の二国間協定を締結」してきた。そのため2000年以降、アフリカ諸国からの移民・難民はリビアを経由するようになった。すると今度は、2004年にイタリアはリビアと秘密協定を結ぶことで、「偽の身分証明書の見破り方などの職業訓練活動、リビアから他の第三国への不法移民の送還活動の支援、海岸監視用の艦艇提供など財とサービスの譲渡、移民収容所の構築、地中海に面する1,770キロメートルの海岸を含むおよそ4,400キロメートルにも及ぶ国境の監視などの業務上・捜査上の協力など」を推し進めた(▼5)。

 しかしながら、こうした制限強化は、移民や難民が欧州にやってくる理由を解消するものではない。したがって、正規に越境する手段が狭められていくほど、移民・難民は非正規の越境手段に頼らざるをえなくなる。そうなると今度は、欧州諸国やEU機関が「不法越境者」への対策を訴えるようになり、欧州をふちどる見えない壁を、ますます高くする動きにつながっていく。こうした状況のなかで、2000年ごろから、移民にたいする「要塞ヨーロッパ」(もともとはナチス・ドイツが欧州占領地の防衛計画において用いた語)の建設を批判する声が高まっている。

 以上のとおり、欧州の2000年代までの国境政策をおおまかに見た。これに転機が訪れるのは2011年である。

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【註】

▼1 日経2015年6月18日「世界の難民、昨年5950万人 第2次大戦後で最悪」 http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM18H0F_Y5A610C1EAF000/

▼2 CNN日本語版2016年6月21日「世界の難民や避難民、第2次大戦後最多に 6530万人」 http://www.cnn.co.jp/world/35084595.html

▼3 毎日2015年12月23日「欧州への難民・移民、100万人を突破」 http://mainichi.jp/articles/20151224/k00/00m/030/088000c

▼4 UNHCR Global Trends 2015, issued on 14/06/2016, pp. 32-36. http://www.unhcr.org/statistics/country/556725e69/unhcr-global-trends-2015.html

▼5 FRONTEX, Latest Trends at external borders of the EU, 02/02/2015. http://frontex.europa.eu/news/latest-trends-at-external-borders-of-the-eu-6Z3kpC

▼6 北川眞也「ヨーロッパ・地中海を揺れ動くポストコロニアルな境界 イタリア・ランペドゥーザ島における移民の「閉じ込め」の諸形態」16-17頁、北海道大学スラブ研究センター『境界研究』第3号、2012年(http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/61236



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by p-dragon | 2016-10-10 07:58 | 声明・情報・考察  

外国人の人権無視を許さない! 抗議行動&申し入れの報告

告知のとおり7日に、「外国人の人権無視を許さない! SYI法務省前抗議行動&申し入れ」をおこないました。

集合後、電話で申し入れの旨を伝え、出てきた法務省総務課の白川氏に申入書(下記)を渡しました。
その後、勤務中の職員にも聞こえるよう、法務省前で一時間にわたり抗議街宣をおこないました。
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「すでに日本社会のなかにいる」移民・難民の権利が最優先という観点から、収容により移民・難民の自由と健康を奪うこと、強制送還によって移民・難民の人生を壊すこと、ビザを与えず居住や就労の権利を認めないことにより、日本は国ぐるみで外国人の権利を侵害しているという事実を訴え、これを改めるよう要請しました。

呼びかけに応えお集まりいただいた皆さま、ありがとうございました。

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2016年10月7日

法務大臣 様
法務省入国管理局長 様

入国管理局による収容と強制送還への抗議申し入れ

 最近、難民や移民の受け入れをめぐる議論がよく聞かれるようになりましたが、日本の入国管理体制はいまだに外国人の権利を無視・侵害するものです。すでに日本に来ている難民や移民の基本的人権という観点から、これに私たちは抗議します。

 第一に、収容の問題があります。いまだに入管収容施設には、無期限の収容による拘禁症状や持病の悪化、医療へのアクセスの不備、外部連絡の厳格な制限、職員による差別発言や嫌がらせなどの、深刻な人道問題が存在しています。施設内での自殺や急死も断続的に起きており、近年ではたとえば2014年3月末に東日本入管センターで2名の被収容者が相次いで亡くなっています。ビザなく外国に滞在し就労することと、そうした人々を裁判もなしに無期限に閉じ込め、精神的、身体的に壊してしまうことの、どちらがより大きな罪悪でしょうか。このような悪に私たちの税金が使われるのは許せません。

 第二に、強制送還の問題があります。先月22日に貴省は、30名をチャーター機でスリランカに強制送還しました。報道では、27年住んでいた人や、家族に日本国籍者がいる人も含まれていたと伝えられています。この件にかぎらず、難民として日本に逃れてきた人々や、実質的に国内社会のメンバーになっている数えきれない人々を、貴省は国外追放してきました。難民の場合には、送還は安全や生命を危険にさらします。難民でなくても、長期在留者は生活の基盤を失い、家族や友人からも引き離されてしまいます。送還中に貴省の職員に殺された人もいます。こうした人々の人生を、日本は国ぐるみで叩き壊し、踏みにじってきたのです。そのことの自覚が貴省にはあるのでしょうか。

 第三に、在留資格の問題があります。貴省は非正規滞在や資格外就労を「不法」「犯罪」と呼びますが、非正規滞在そのものがだれかを傷つけるわけではありません。政府の都合で勝手に「違反」ということにしているだけです。それよりもはるかに問題なのは、難民申請の審査手続のために何年も待たされている人々の多くや、事実上社会に定着しているのにビザのない人々が、就労を禁じられ、移動すら制限され、住民登録すらされず、健康保険などの公的サービスの大部分から排除されていることです。それでもこうした人々が日本に在留しつづけるのは、国外に安心して暮らせる場所がないからです。しかしながら貴省は、偽装対策や治安対策などと言って、こうした人々に疑いのまなざしを注ぎつづける一方、こうした人々の自由と人権を否定していることには無視を決め込んでいます。そもそもアジアや中東やアフリカや中南米出身の人々が日本に暮らすことの、なにが悪いのでしょうか。しかも日本経済は外国人の働き手を利用してきた歴史があるのに、そうした人々の権利は認めずに、不要になったら「出ていけ」と日本は言っているのです。

 以上のような深刻な問題を解決するために、以下のことを私たちは貴省に要求します。

1.入管収容施設への外国人の拘禁をやめること。

2.強制送還をやめること。

3.難民認定の基準と審査手続を見なおし、迅速に、あくまで人権の観点にもとづいて難民審査をおこなうこと。

4.在留資格なしの定住外国人にビザを発行すること。 


SYI(収容者友人有志一同)
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by p-dragon | 2016-10-09 22:04 | アクション報告  

4コマまんが「ある日の入管」26

彼らの心の叫びはまだまだこんなものではない。

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by p-dragon | 2016-10-06 23:21 | 4コマまんが