カテゴリ:声明・情報・考察( 30 )

 

【声明】深まる難民危機──日本は何をするべきか

いま報道されている難民危機に際して、わたしたちSYIは声明を発表します。
並行して、以下を実施します。ぜひお集まりください。

 シリア難民に話を聞く会 10月4日
 日本も難民を受け入れよう! デモ 10月11日

(10月14日追記) 以下もお読みください。
【パンフレット】 日本も難民を受け入れよう!

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深まる難民危機──日本は何をするべきか

2015年9月15日

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トルコの砂浜に、小さな亡骸となって漂着した3歳の男の子の名前は、アイラン・クルディくんといった。シリアの町、コバニでの「イスラム国(IS)」との戦いから逃れてきたクルド人の子どもだった。

トルコからギリシャを目指した小さな船は、高い波にあおられて転覆し、アイランの母親も、5歳の兄も命を落とした。心ある人があの写真を目にすれば、きっと衝撃と、やり場のない悲しみを抱かずにはいられないだろう。

今はまずアイランと、地中海の波の下に消えていった人々のために、祈りをささげよう。



あの写真は、ヨーロッパおよび世界全体で、難民受け入れの拡大を求める世論を活発化させた。報道によれば今、シリアから脱出した難民がヨーロッパに34万人、その他の国には375万人もの難民が、あてどなくさまよっている。日本に住む私たちも、これを対岸の火事として傍観しているわけにはいかない。だが、たんに「日本は○○人の難民を受け入れろ」などと主張するだけでは何の意味もない。日本には、難民受け入れの実態において、ひいては国内の外国人への人権無視や、政府の外交政策という点においても、問題が山積しているからだ。


● 入管体制を根本的に見直し、難民条約にもとづく正当な難民受け入れを

私たちは法務省に対して、すでに日本に来ている難民を、またシリアをはじめとする諸国から新たに到着するであろう難民をただちに受け入れ、彼らの人権と、平和に生きる権利を保障することを要求する。

いま、世界各国から日本に対して「より多くの難民を受け入れてほしい」という声が聞こえてくる。しかし法務省・入国管理局は排外的な姿勢を崩そうとしない。たとえば、日本では2014年度に5000人の難民申請者がいたにもかかわらず、認定されたのはわずか11人。たった0.2パーセントしか、難民として認定されなかったことになる。シリア難民にいたっては、そのうち3人でしかない。「今後1年間に50万人程度の難民・移民を受け入れる」と発表したドイツをはじめ、ヨーロッパ諸国と日本の対応には、天と地ほどの差があると言わざるを得ない。

日本では、1981年に加入した「難民条約」にもとづく難民認定と、それ以外の出入国管理をセットにした「出入国および難民認定法」によって難民行政を行っているが、そもそもこれが大きな問題である。『好ましくない外国人を強制的に国外に退去させる』という目的を大前提とする入国管理局には、難民を受け入れ、定住を進める役割は果たせない。先に挙げたゼロに近い認定率は、この歪んだ制度の結果である。私たちは政府に対して、難民認定業務を法務省から明確に切り離して現在の入管を解体し、独立した「難民受入委員会」といった機関を設置して、積極的な受け入れを開始するよう求める。


● 武器輸出と海外派兵をやめ、平和的政策による関与を

私たちは日本政府に対して、中東の紛争をさらに煽るような武器輸出、そして、さらに広範な海外派兵のための立法や改憲の推進を、一切やめることを要求する。

難民問題は、戦争や武器の問題と直結している。いまシリア国内で起こっている紛争に責任があるのは、アサド政権や、ISを含む反体制勢力だけではなく、これらに武器を売り、資金を流す諸外国の企業や政府等も含まれる。したがって、まず必要なことの一つは、アメリカ、ロシア、ドイツ、イギリス、フランスなど、関係するすべての国が、シリアの各勢力に対する武器のセールスや、武装闘争への資金提供をやめることだ。

武器を売りつけて儲けながら紛争を煽っておいて、いったい何のための難民支援なのか。そんなことでは、「難民危機」とは国際社会、とりわけ先進工業国の偽善の結果だとしか言いようがない。

日本も無関係ではない。いま国会では、民意を完全に無視する形で安保法制が成立させられようとしている。だが、日本がアメリカ合衆国の好戦的な政策に加担することによって、このような紛争はさらに大規模になっていくだろう。

また、日本政府と財界は2014年に、紛争当事国や、そのおそれのある国への武器輸出を禁止する「武器輸出三原則」を破棄して、輸出解禁に踏み切った。平たく言えば日本は「武器商人=死の商人」になり下がろうとしている。かりに日本が難民受け入れを拡大したとしても、その一方で紛争地に武器を売り込んで紛争を焚き付けるのでは、先に述べた、他の先進工業国と同じ偽善でしかなくなってしまう。

武器によって平和を作ることなどできはしない。日本は難民受け入れをはじめとした、平和的、あるいは包摂的な政策によって世界の平和に貢献すべきである。「積極的平和主義」の名を騙る戦争政策は、日本人だけでなく、世界中の人々の命を危険にさらすだけだ。


● 「イスラム国」(IS)問題の根源であるアメリカの政策を、日本は支持するな

私たちはアメリカ政府に対して、中東への一切の軍事介入をやめるよう要求する。また日本政府に対して、アメリカとの同盟を放棄し、中東地域の混乱をもたらしてきたアメリカの外交政策へのあらゆる支援を停止するよう要求する。

ISを生み出したのは、アメリカが主導したイラク戦争と、シリア紛争への介入である。ISの前身は、アメリカの侵攻により不安定化したイラクで活動をはじめたアルカイダ系の過激派組織だが、シリアで紛争が始まるとISはそちらに参加し、諸外国から流れてくる武器や資金を吸収して成長した。その一方で、2014年にISが欧米諸国への敵対を明らかにするまで、アメリカはISを含むシリアのすべての反体制勢力を支援してきた。その目的はアサド政権の打倒であり、シリアの市民の権利や安全は実際には顧みられていない。このように、常にアメリカは中東地域の非・親米政権を倒して、権益を拡大しようと策動してきた。

中東におけるアメリカの同盟国も、軍事介入によって難民を増やすことに加担している。たとえばトルコは、アサド政権を取り除きたいという野心や、国内外のクルド人勢力への敵意から、それらを攻撃しているISにさまざまな支援を与えてきた疑惑がある。今年7月には、トルコは対IS空爆を開始したが、同時にクルド人勢力への爆撃を行うことで、紛争の状況をさらに複雑で解きがたいものにしている。

「アメリカがその原因であるにせよ、今のISを止めるためには、空爆はやむをえない」という意見もありうる。しかし、ISが、とりわけイラクで絶えず新たな戦闘員をリクルートできるのは、アメリカの占領に対するイラクの人々の恨みの深さがあるからだ。空爆は不可避に多くの非戦闘員を巻き添えにしてしまう。空爆の続行は現地社会の状況を悪化させ、ISへの支持はさらに高まるだろう。

そして、このように中東をめちゃくちゃにしたアメリカ主導の一連の介入に足並みをそろえて、日本が湾岸戦争以降、海外派兵を展開していったことも、忘れてはならない。日本はたんに軍国化しているだけでなく、中東の人々を踏みにじっている一員でもあるのだ。



今年に入り、すでに約2700人もの難民が地中海に沈んでいるという。日々、次のアイランが死に続けているということだ。このような状況を何とかしなければならない。だがそのためにはまず、現在の難民危機において、誰が、どのような責任を負っているのかを、はっきりさせることが必要だ。そして、政策を変えていくために、多くの人が、私たちとともに声をあげてくれるよう望みたい。


収容者友人有志一同(SYI)
呼びかけ人:  織田朝日 柏崎正憲 戸山灰 周香織 原田成人
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by p-dragon | 2015-09-15 21:05 | 声明・情報・考察  

11月に東京入管(品川)で被収容者が亡くなった件にかんする声明

11月22日、東京入国管理局(品川)に収容されていたスリランカ人の男性が死亡しました。

報道では、こう伝えられています。

男性は「先月〔11月〕中旬に来日したものの滞在を許可されず」東京入管に収容されていた。
22日には「朝から激しい胸の痛みを訴えたにもかかわらず、入管が医師の診察を受けさせるなどの対応を取っていなかった」。
ところが「午後1時ごろ」男性は「意識不明の状態で発見され、搬送された病院で死亡が確認され」た。

この事態について、東京入管は次のようにコメントしている。
「男性を一般の部屋から単独の部屋に移して職員が様子を確認していて、対応に不備はなかったと考えている。現時点では死因が特定されておらず、それ以上のことは申し上げられない」。

入管施設でまた収容の外国人が死亡(NHK NEWS WEB 12月1日)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141201/k10013633961000.html



上の記事にもあるように、今年3月には、東日本入管センター(牛久)で、別々の部屋に収容されていた2名の男性(イラン国籍とカメルーン国籍)が、一両日のあいだに立て続けに死亡するという、異常な事態が起きています。

そのさいの当局のコメントも、同様のものでした。
いわく、施設内の医師からは「重篤でない」と聞いていた。
「適正な救命措置を講じた」ので「処遇上の問題」はなかった。
「偶然にも不幸な事案が続けて発生した」だけだ、など。

くわえて思い出されるのは、メンバーが電話で問い合わせたさい、牛久入管の総務課職員が「私たちもびっくりしました」と、まったく他人ごとのように言い放ったことです。

3月31日記事 
4月6日記事+報道転載 

なぜ入管は、半年前も、今回も、臆面もなく「対応に問題はなかった」などと言うことができるのでしょうか?
痛み止めと睡眠薬と精神安定剤しか出さないヤブ医者を平日の午後に置いているだけで、他には誰も医療の専門家がいない、入国管理局が。



わたしたちとしては、半年前に言った同じことを、今回もくりかえすしかありません。

ひとつに、この事態を大半の関係者がとくに異常と思っていないことが、きわめて異常であるということ。
「学校であれ病院であれ、公的または準公的な機関で人が命を落とすことがあれば、当の機関じしんが記者会見などで事態を公的に説明し、少しでも責任があれば謝罪し、原因究明や再発防止を約束するはずですし、公権力による捜査や法的手続きを受けることになるはずです。入管がこの程度の報道だけで済まされ、公的に釈明することすらしていないという事態は、はっきり言って異常です」。

もうひとつに、ビザのない外国人を監禁することを目的とした施設で、人権を守るということが、根本的に矛盾した要請であること。
「もちろん、基本的人権を無視せずして、収容所のような施設を運営するなど、とうてい不可能なことです。人を狭い部屋に閉じ込めつづけながら、他のあらゆる自由や権利を保障することが、一体どうして可能になるのでしょうか。そもそも収容など、入国管理のためであろうが、してはならないことなのです。入管法を改定し、収容をなくさないかぎり、今後も入管収容所内は死者を作り出していくことでしょう」。

わずか半年で、こう書いたとおりになってしまいました。
暗たんたる心境にならざるをえません。



再発を防ぐためには、少なくとも、以下のような改革が必要です。

・被収容者が24時間365日、本人の判断のみによって、即時に緊急医療を受けられるようにすること。
・収容期間を数ヶ月以内に制限すること。

以上の条件が予算上保障できないなら、そもそも収容などしてはならないのです。



「外国人だから」「ビザがないから」などといって、人を抗弁の余地もなしに無期限に監禁するような制度を、わたしたちが当たり前と思うのだとすれば、そのような感覚こそが反人道的であり、このような死者を作り出す根本原因に他なりません。

そのような感覚が間違っていると認めるならば、入管収容の廃止が、論理的にも道徳的にも当然の結論であるはずです。

したがって私たちは、入管収容の廃止を訴えます。



2014年12月5日

SYI(収容者友人有志一同)
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by p-dragon | 2014-12-05 17:02 | 声明・情報・考察  

SYIしんぶん 2014-02

4月末に公開したものですが、アップいたします。

クリックで かくだい↓
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一部抜粋

★ SYIカフェ報告

 2月11日、東京都豊島区の勤労福祉会館でSYIの「食べよう! 学ぼう! SYI移民・難民交流会 第2回 韓国からの難民 光州事件とは何か?」が開かれました。お話と料理指導は、韓国からの難民Bさんです。開催日の前々日の8日と9日は、30年に一回という異常な大雪が降り、Bさんも会場まで来られるのに苦労され、到着が遅れましたが、会場到着と同時にテキパキと指示をくださり、それにしたがって、参加者も一緒にチヂミとチャプチェをつくりました。途中、チヂミを焼くため思いのほか使用量が多くなってしまったごま油が、なくなってしまうというハプニング(?)もありましたが、無事、料理が出来上がりました。お話を伺う前に食事となりましたが、どちらもすばらしい出来でした。少しあまった分は参加者のお持ち帰りとなりました。(料理が余る場合もありますので、お持ち帰りご希望の場合は次回以降ジップロックをご持参ください)
 本題のBさんのお話では、実際にBさんが体験された光州事件の体験談と日本に来られたお話と難民になった経緯を伺いました。韓国というと先進国でもあり、民主主義国というイメージがあり、ご存じのない方は、「なぜ難民が?」という疑問を抱かれると思います。しかし、Bさんが大学生だった1980年、韓国は軍事独裁政権でした。当時Bさんが大学生として住んでいた光州市では、朴正煕大統領の暗殺をきっかけに権力を掌握した全斗煥に対する反発が強まり、民主化の機運がたかまります。ノンポリだったというBさんも、学生を守ろうとしたおじいさんへの暴行事件など、軍の横暴を目撃し、次第に運動に参加するようになります。一時は軍を追い出し、光州を解放区とし、信仰から守るために警察が残した装備で武装した市民や学生も、空挺部隊の参加などで増強された圧倒的な軍事力を前に、包囲されてしまいました。軍の侵攻に抵抗した多くの人が殺されました。Bさんは、ある光州市民の助けで、なんとか包囲を抜け出しました。しかし軍政下、光州の外では、光州市民は危険な反体制分子として扱われつづけました。左派的な書籍を持っていたり、光州市に関係しているだけで、検問で捕まるようになり、警察署に連行拷問されるような状況となっていました。拷問で共産主義・民主主義運動と関わっていると認めてしまうと、命の保証はありません。Bさんもなんどか拷問されましたが、苦しくても運動への関与は認めませんでした。
 その後、韓国も民主化し、かつてBさんの光州からの逃亡を助けてくれた市民のあっせんで、弁護士の元で働くようになったBさんですが、2000年代になり、仕事で来日したさい、ビザの更新のトラブルで入国管理局に収容されることになります。入管収容所では、病人やけが人を放置するなど、Bさんの経験した韓国の軍事政権と変わらない態度で外国人を遇するありさまに、Bさんは闘争心がかき立てられ、待遇改善闘争をはじめました。さらにはそのさなか、韓国でBさんを助けてくれた支援者が、朝鮮民主主義人民共和国と関係しているとの嫌疑を国家情報院にかけられ、逮捕されてしまいました。民主化したとはいえ、韓国ではいまだ国家保安法という法律が存在しており、共和国と関係したと見なされた人は、数十年にわたる懲役を科せられてしまいます。やむなくBさんは日本で難民申請をすることとなったのでした。
 光州事件当時の話に及ぶと、ときおり、当時を思い出し、涙ぐむ場面もあったBさん。辛い思いでも乗り越えて語っていただきました。難民申請はいまだ認められていません。Bさんの難民認定が認められるよう求めていきたいと思います(肉之助)
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by p-dragon | 2014-06-09 20:59 | 声明・情報・考察  

SYIしんぶん 2014-01

SYIはニューズレターを作りはじめました!
クリックで拡大↓
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内容抜粋


2013年・日本の入国管理局はこうだった!

 入国管理局にある外国人収容所のエゲツなさはエスカレートしている。しかし入管の、本来なら大罪ともいえる人権侵害を裁く機関は、今のところ、この日本では何処にもない。というよりも入管は日本政府そのものに守られ、外国人への虐待は止まることはない。
 2013年だけでも、あらゆる事件がおきた。長期収容に対する不満や処遇改善などを求め、収容者達によるストライキが行われた。「自由時間」が終っても部屋に戻らないという抗議が、何度か組織された。しかし数が圧倒的に勝る入管職員達により、ほとんどの場合、何の要求も達成できないうちに、懐柔され、あるいは力ずくで解体される。暴力による抵抗をしないにもかかわらず、怪我を負わされた収容者も出たし、リーダーと判断された人の多くは独房に強制的に隔離された。
 チャーター機で一気に強制送還をするという事件もおきた。7月にはフィリピン人約75人、12月にはタイ人約50人が(註・裏面を参照)、入管職員に暴力的に空港に連れて行かれ、JALのチャーター機に押し込まれ、強制送還された。送還されるまでの出来 事は、まるで人を人とも思わないような屈辱的な扱いであったと、のちに送還された人々は語る。送還された人の中には、この国で10年から20年、それ以上も生活してきた人が多く、日本で生まれ、または幼いうちに日本に来たために、日本語しかしゃべれない人もいた。数々の事情を持って生活していた人々に対し、入管は少しの事情も聞かず、なんの配慮もなくまとめて追い払ってしまった。これを「不法滞在は犯罪者だから当然」「日本は法治国家」などと正当化する排外的な一般市民も存在する。日本の人権意識が、ますます低く見られかねない問題である。
 さらに東京入管では、10月に難民申請者が亡くなった。収容されたその日に倒れたにもかかわらず、入管側はしばらく放置していた。その結果、病院に運ばれた頃にはすでに手遅れとなり、難民申請者は帰らぬ人となった。あきらかに入管のせいではあるが、まったく問題として取り上げられることはなかった。こんなことは、これまでにも何度も繰り返されてきたことなのである。
 今年度にも、チャーター機の予算は新たに計上される。また多くの外国人が、まとめて日本から追い出されることとなるだろう。(O)


なぜ日本はヘイトスピーチに甘いのか──外国人差別に対する乏しい感覚

 昨今、話題に上ることの多いヘイトスピーチは、最近始まったものではない。何年も前からこの社会に存在していたものだ。その根幹にあるのが入管問題だといえる。こころみに入管のサイトにアクセスしてみよう。トップページには以下の文言が堂々と掲げられている。「法務省入国管理局では、『ルールを守って国際化』を合い言葉に出入国管理行政を通じて日本と世界を結び、人々の国際的な交流の円滑化を図るとともに、我が国にとって好ましくない外国人を強制的に国外に退去させることにより、健全な日本社会の発展に寄与しています」。人間を選別することに何の疑問ももっていないこの文章が、公的機関のサイトになんの憚りなく掲載されている今日の日本社会は、根底に差別が組み込まれていると言える。
 ヘイトスピーチに甘い日本社会では、「行動する保守」を批判する右翼が称揚されている。その際、彼らが別の問題で(たとえば歴史修正主義)見せる差別的な言動は、黙認される。一例として、よく良心的右翼として引き合いに出される新右翼団体「一水会」を取り上げよう。「一水会」は、2010年8月フランスの国民戦線のジャン・マリー・ルペンをはじめとする欧州各国の新右翼の日本に招き、靖国神社を参拝させた。欧州の新右翼は日本の入国管理体制を理想としており、2011年7月にノルウェーで起こった連続テロ事件の容疑者アンネシュ・ブレイヴィクは、日本と韓国の入国管理体制を讃美していたとさえ伝えられている。これら欧州新右翼は自国内で外国人排斥を先導している連中である。彼らを招いて歓待するということがなにを意味するか、論を俟たない。「良心的」右翼の代表としてとくに日本のリベラル言論界で重用されている「一水会」顧問の鈴木邦男は、ブログで次のように書いている。「どこのニュースでも、そうだったが国民戦線を「極右政党」と皆、書いている。これもおかしい。フランス議会、欧州議会では、かなりの議席を持った、れっきとした政党だ。それにフランスのサルコジ政権も、国民戦線の政策をかなり採り入れて、政権運営をしている。それなのに、「極右」と切って捨てるような書き方はいかがなものか。又、移民問題には頭を痛め、様々な提言をしているが、「移民排斥」はしていない。これだと、移民に襲いかかるネオナチ…というイメージだ。そんなことは一切やってない。そんなことをしたら議員にはなれない」。議席を持っているから、政権が政策を取り入れているから、極右ではないとする鈴木の指摘は噴飯ものだが、端無くも日本社会の差別性を浮き彫りにしている。欧州新右翼よりも露骨な差別的言動の多い石原慎太郎をはじめとする日本の極右政治家を日本のメディアは極右とは呼ばない。しかしそれは、相手を外国人と見なした瞬間から、その権利を奪うことになんの疑問も感じないという、この社会の差別的体制を示しているにすぎない。差別とたたかうには、まずこの事実を受け止めるところから始めなければならないだろう。(H)
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by p-dragon | 2014-03-01 10:08 | 声明・情報・考察  

12.8 チャーター機強制送還について

12月8日、法務省入国管理局は、タイ国籍者約50人を、チャーター機でタイへ一斉に強制送還しました。私たちSYIは、この措置に怒りをこめて抗議するとともに、いかなる点においてそれが問題であるのかを、あらためて世に訴えます。

以下は、今回の送還にかんする、法務省からの発表の垂れ流し報道です。

NHKニュース:タイ人約50人チャーター機で強制送還
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131208/k10013668861000.html

入管のチャーター機一斉送還は、フィリピン人を対象とした7月の送還にひきつづき、今回で2度目となります。前回の送還にたいする私たちの抗議は、以下にあります。

チャーター機による強制送還および移民の「不法」化への抗議(2013年7月)

強制送還という措置それ自体が、手荒く非人道的なもので、入管が自称するような「安全」な措置とはかけ離れているということは、改めて言うまでもありません。7月の送還では、スタンガンが用いられたこと、飛行機内でも手錠と腰縄が外されなかったこと、ドアを閉めてトイレを使用することすら許可されなかったこと、等々の、当事者からの証言がありました。APFSの報告によれば、今回も「日本に居住しているパートナーや実子と離ればなれに」された人や「打撲した」人が出ているようです(http://apfs.jp/event20131211_2477.php)。

しかしながら、強制送還という手段だけが悪いのではなくて、そもそもの問題は、すでにそれなりの年月を日本国内で過ごしてきた人々から、あらゆる権利を剥奪してしまう、日本の入管行政です。

いわゆる「不法」滞在(より中立的に言えば非正規滞在)とは、ほとんどの場合、ある外国人が有効なビザをもっていないということを、つまり、許可された在留期間をこえて、あるいは入管が定めた在留条件の外で滞在していることを指します。在留の期間や条件は、住所変更のように本人の届け出がそのまま反映されるのではなく、入管の判断で上から課される制約です。この制約に外れた人(オーバーステイ、資格外活動)が「不法」と見なされ、まるで犯罪者であるかのように扱われるわけです。

ところが実際には、とくに1980年代以降、日本社会が外国人労働者を利用するようになるなかで、ビザのない外国人もまた、低賃金や重労働の部門で多く雇用されてきました。その一方で、入管が「不法滞在の撲滅」「ルールを守って国際化」などと言い出し「非正規滞在者ゼロ」に向けた動きを展開するのは、2000年代も半ばになってからです。逆に言えば、その時点まで入管は、日本の雇用者たちが安い労働力として非正規滞在の外国人を利用するがままに、それを放置していたのです。要するに、それまで容認されてきた非正規滞在者たちは、ある時期から突然、厳格な排除と追放の対象となる危険にさらされるようになったわけです。

APFSの報告によれば、今回送還された「46名」のタイ国籍者のなかには「20年以上」日本に在留していた方が「13名」含まれていました。とくにこうした長期在留者は、家族や生活基盤をもち、日本社会に深く根ざし、故郷にはもはやほとんど身寄りもないという状況にあります。そうした人たちがこれまで築いてきた生活条件を、人間関係を、また財産を、入管は破壊したのです。この13名以外にも、多くの中長期在留者がいたでしょうし、そうした人びとは程度の差はあれ同様な状態にあったことでしょう。

あるときは低賃金労働力として利用し、あるときは犯罪者と名指して追放する。いわゆる非正規労働者に対して入管がおこなってきたのは、また今回のチャーター機送還でまたも再現されたのは、そのようなことなのです。強制送還はどこの国もやっていると言う人はいるでしょうが、しかし強制送還それ自体だけが問題なのではなく、このように外国人を自国の都合にあわせて使い捨てることをよしとする、この国のトータルな入管政策が問題なのです。

最近この国では、原発政策、改憲問題、秘密保護法の強権的な可決、等々にさいして、民主主義の危機が叫ばれています。たしかに、この国の民主主義はますます蝕まれています。つけ加えれば、財界や政界の都合にあわせて、移民あるいは他民族を利用し、搾取し、あげく使い捨てるような国は、すべての人間の平等という民主主義の基本的価値を、そもそもまじめに守る気がない国だと言えるでしょう。だとすれば、この国の民主主義を考えなおすには、日本の入管政策は、直視すべき問題のひとつであるはずです。

法務省は来年度以降も、チャーター機の予算を組むでしょうから、一斉送還が今後もくり返されることは確実です。それが「どの国もやっていること」とか「法に違反した外国人が悪い」とかいった口実とともに容認されつづけるかぎり、この国の根深い排外的、非人道的、反民主的な風潮を変えていくことは難しいでしょう。
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by p-dragon | 2013-12-22 06:45 | 声明・情報・考察  

8月20日に始まったハンガーストライキにかんする申し入れ

東日本入国管理センター 所長 福山宏 様


8月20日に始まったハンガーストライキにかんする申し入れ


 貴センターにおいて100名以上の被収容者がハンガーストライキを開始し、現在まで続いています。

 被収容者は、ビザがないというだけであらゆる自由や権利を阻まれており、仮放免許可の手続や基準も不透明です。そのような状態で密室に何ヶ月も(あるいは一年以上も)閉じ込められてしまっては、ハンストでもする以外にどうすることもできません。かれらを追い込んでいるのは、あなたたち入管職員です。あなたたちが被収容者の思いを無視することは許されません。真摯な姿勢で訴えに応じるべきです。

 そもそも、かれらにビザがないのは、日本の入管行政が出さないからです。特にいま貴センターに収容されている人のほとんどは、ビザがなくともすでに日本社会に定着している人たちです。難民手続中であるのに収容されている人すら多くいます。あなたたちのやっていることは、こうした人々から基本的人権を奪うことに他なりません。それが日本の入管収容の実態です。こんな制度はいますぐ廃止せねばなりません。

 無期限の収容や収容施設の環境、仮放免の手続きや許可基準の不透明さは、被収容者の心身の健康を深く損なわせます。仮放免されたとしても、正式なビザが出ないかぎりは職にも就けず、さまざまな自由や社会権を奪われています。しかも今年7月に始まった在留カード制度のせいで、ビザのない外国人はIDをもてなくなってしまい、それが社会生活をより一層難しくしています。こうしたすべての仕組みが、外国人の権利の侵害であり、かれらへの系統的な抑圧です。したがって、かれらにビザを出すだけではなく、これまでかれらに与えてきた損害を補償する責任が、入管および日本政府にはあります。

 したがって、以下三点を要求します。


1. 被収容者との話し合いを、被収容者じしんが納得するまで続けること。

2. これ以上の収容をやめ、非正規滞在者を正規化すること。

3. これまでの収容が被収容者に多大な身体・精神的および経済・社会的損害を与えたことを謝罪し、その損害を補償すること。



2012年8月30日


SYI(収容者友人有志一同)

freeimmigrants@yahoo.co.jp





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by p-dragon | 2012-08-30 15:47 | 声明・情報・考察  

【声明】江東区に抗議する。竪川河川敷公園で暮らす野宿者たちへの追い出しを直ちにやめよ。

日本の入管行政に抗議し、外国人の人権擁護を求めるわたしたちSYIは、野宿者の命を軽んじる江東区の行いに、強い怒りを覚える。


荒木課長を筆頭とする江東区土木課は、野宿者たちとの話し合いを拒否し、2月8日に小屋を破壊するなど暴力的手段に訴えている。
2月9日には予定されていた話し合いを拒否し、説明を求めて区役所にやってきた当事者や支援者たちを強制排除し、その過程で支援者のひとりがガラスを割ってしまったことをもって彼を逮捕し、警察に引き渡すということまで行った。
自分たちが振るっている圧倒的な暴力については省みようともせずに。


野宿者たちに公園から出て行けと言うのなら、区はそのかわりにどこか住む場所を与えてくれるというのだろうか。
区は「自立支援をしている」などと称しているようだが、実際にやったのは、小屋からたたき出した野宿者をむりやり救急車に乗せて、かたちだけをつくろい、実際にはたいした診察もさせず寒空の下に放り出す、ということだった。(竪川抗議声明より)
要するに区の本心は、野宿者は野たれ死のうが一向に構わない、ということらしい。


そもそも、なぜ公園を改装工事しなければならないのか。
隣の墨田区で莫大な税金によって建てられたスカイツリーと同様、客寄せのためなのだろうか。
金を落としてくれる人は歓迎し、かわりに野宿者は出て行けということなのだろうか。
だとすれば、江東区は人の命よりも金儲けのほうが大事だと考えている、ということになる。


恥ずかしくはないのだろうか。
そのような意図を隠すために、野宿者たちを邪魔者あつかいし、危険なものとレッテルを貼り、すべて野宿者が悪いことにしたいというのだろうか。


江東区長と、荒木土木課長へ。
今あなたたちの権限や命令で区が竪川の野宿者に行っていることが、どのような意味をもつか、あなたたちは少しでも考えてみたことがあるのか。
日本人は外国人への差別意識が強いとよく言われるが、それは国が率先して外国人排除を行ってきたからであると、入管問題に取り組んでいるわたしたちは日ごろ感じている。
それと同様に、あなたたちの行いは、野宿者など追い出してしまえばいいと、彼らの生活なんて気にしなくていいという、区民への悪い教育となっている。
実際、最近に区の中学生が竪川テントの住人に向かって石を投げたという話を、現地で聞いた。
これがあなたたちの行いの結果である。
たとえ話でもなんでもなく、あなたたちは人殺しを容認する教育をしている。


命令に従っている区職員たちへ。
野宿者を追い出したところで、約束された未来や安定した地位が待っているなどとは、くれぐれも思わないことだ。
貧乏人どうしをいがみあわせ競いあわせる今の世の中では、おとなしく職務命令に従っていたところで、真綿で首をしめられるようにだんだんと苦境に追いやられていく状況がなにも変わらないことは、あなたたちもよく知っているはずだ。
それどころか、あなたたちのような公務員さえ職を放り出され、路頭に迷い、今の彼らと同じようにテント暮らしになるような日さえ、来ないとは限らない。
もし他人にしたことがわが身に返ってきたら、あなたたちは何を行い、考え、言うだろうか。
いまあなたたちがしていることと同じことをされたら、どうするのだろうか。


江東区は、竪川河川敷公園で暮らす野宿者たちへの追い出しを直ちにやめ、これまでの暴力的排除を謝罪せよ!


2012年2月26日 SYI(収容者友人有志一同)


★竪川の情勢に注目してください!★

竪川ブログ(「山谷ブログ」内)

※ 問題点がよくわかる記事 「竪川河川敷公園で何が起こっているの?―江東区の嘘に反論します!」

2.9弾圧救援会ブログ

救援カンパも大歓迎だそうです。
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by p-dragon | 2012-02-26 09:58 | 声明・情報・考察  

【論考】入管「収容代替措置」(ATD)とは何か、何となりうるか

入管「収容代替措置」(ATD)とは何か、何となりうるか

2011年11月21日
柏崎正憲(SYI・収容者友人有志一同)
k48zk@riseup.net


要約

 日弁連およびUNHCR主催による2011年10月15日シンポジウムは、日本への「収容代替措置」(ATD)の導入に向けたとりくみがはじまっていることを公にした。このとりくみは、日本の極度に非人道的な入管行政を改善するための重要な転機となりうるものであり、注目すべきである。このATDをその理念どおりに反映するならば、日本の入管行政における「全件収容主義」という前提は、根本からくつがえされずにはいられないだろう。ATDの理念はまた、非正規滞在者の滞在の正規化をも迫るものである。その実際の導入にあたっては、「日本に特有の事情」などといった、法務省おきまりの逃げ口上を許さないことが重要になると思われる。ところで、日本の入管が有しているこのうえなく大きな独自判断の権限は、大日本帝国期の植民地政策に根をもっている。だとすれば、日本の入管行政の問題を、日本の未解決の戦後責任問題のひとつとしても世論化していくべきだろう。また、移民・難民じしんによる反対運動とも連携していくべきだろう。


もくじ

0. はじめに
1. 収容代替措置をめぐる動向
2. 収容代替措置の前提──全件収容主義こそ不法
3. 入管の反応──全件収容主義は変わるか
4. 在留の正規化はどうなるか
5. 歴史的に見た日本の入管問題──未解決の戦後責任問題として
6. おわりに



0. はじめに

 2011年10月15日、日本弁護士連合会(日弁連)および国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の主催により、シンポジウム「入管収容の収容代替措置を考える~外国人の収容を回避するために」(於・弁護士会館講堂
)が開かれた(以下「シンポジウム」と略記)。「収容代替措置」とは聞きなれないことばだが、英語ではATD: Alternatives to Detentionで、ようするに収容をなしで済まそうということだ。この収容代替措置に向けたとりくみは、国際的には、2000年代中盤からはじまっていたようである。この用語をもっともはやく使ったのは、筆者の調べたかぎりでは、2006年にUNHCRが出した文書であった(Alternatives to Detention of Asylum Seekers and Refugees)。この新たな政策動向を日本にも導入するために、その本格的な出発点として、このシンポジウムが設定されたということだと思われる。

 シンポジウムで紹介された収容代替措置(ATD)の基本理念は、日本の極度に非人道的な入管行政を改善するための重要な転機となりうると感じさせるものであった。また、おもに難民申請者を念頭に構想されているとしても、ATDの理念は移民一般の権利保障の向上にも貢献しうるように思われた。したがってまずは、ATDが日本の入管行政のなにをどのように改善しうるかを、シンポジウムでの発言や、UNHCRおよび国際拘禁連盟の文書をもとに考察していきたい。そのうえで、このATDの導入をより実りの多いものとするために、わたしが必要だと考える点を説明したい。


1. 収容代替措置をめぐる動向

 国際的レベルで収容代替措置(ATD)を推進しているのは、UNHCRおよび、オーストラリアのメルボルンに本部をもつ国際非営利活動団体「国際拘禁連盟」(IDC: International Detention Coalition)である。IDCの正式発足は2006年とのことだが、その基盤となるネットワークは2003年からじょじょに作られていたようだ(http://idcoalition.org/wp-content/uploads/2008/12/idchistory.pdf)。収容の撤廃や制限、ATDの発展や推進、収容施設の状態改善および監視を、IDCはおもな目標として掲げている(http://idcoalition.org/aboutus)。シンポジウムの前日(14日)にはATDを促進するためのワークショップも開かれたようで、その報告はすでにIDCのウェブページにアップされている (http://idcoalition.org/expanding-alternatives-to-immigration-detention-in-japan)。

 IDCの日本政府へのはたらきかけは去年からはじまっていたようだ。2010年4月に韓国・ソウルで開かれた「東アジアATDラウンドテーブル」を受けて、日本政府は未成年者の収容を解除したとされている(en.wikipedia: International Detention Coalition)。

 日本でのATD導入の推進主体として、UNHCRおよび日弁連のほか、難民・移民関連の諸NGOからなるネットワーク組織「なんみんフォーラム」(FRJ: Forum for Refugees Japan)も加わっている。構成団体そのものは従来から日本で活動してきたものだが、このネットワークそのものは「難民条約から60周年、日本が難民条約に加入して30年」であることしに設立されたようである。設立のタイミングからして、このネットワークはおそらくATDの日本導入への基盤を意図していると思われる。


2. 収容代替措置の前提──全件収容主義こそ不法

 さて、本題は収容代替措置(ATD)の中身である。シンポジウムにおいてIDC代表のグラント・ミッチェルさんは、ATD導入の前提と基本モデルを説明した。もちろん前提となるのは、入管収容がひきおこす一連の問題だ。とはいえこの点については、SYIもまた日本の事例について具体的に紹介してきたので、ここでは詳述しない(ブログ内「SYI・5つの要求」「入管内からの声」を参照)。

 ミッチェルさんが説明したところによれば、ATDを実現するための基本となるのは、コミュニティ評価・斡旋(CAP: Community Assessment and Placement)モデルである(シンポジウム資料では「コミュニティ評価・居住」モデルと訳されていた)。このモデルは、なにより「収容は不要」という前提に立って構築されねばならない。そのうえで、最初の段階としては個別の事情を「スクリーニング」する。つまり、個々の移民・難民の年齢、健康状態、その他のさまざまな事情を吟味する。つぎに、「コミュニティの評価」すなわち、地域社会のなかで暮らしていくうえで、それぞれの事情にそくした適切な環境が整っているかどうかの評価をおこなう。それらの段階をふまえたうえで、必要に応じて、居住に条件を課す(当事者の制約、監督、条件不順守への否定的結果、等)。以上のような段階を踏むことによって、収容は「例外的」な「最終手段」に限定されねばならない。収容を最小限なものとすることの意義は、移民・難民の人権という観点からだけでなく、入管行政における必要性の観点からも強調されていた。ミッチェルさんはオーストラリアなどでの実績を挙げながら、収容なくしても、政府が求める協力(在留資格の審査にかかわる)は高い割合で得られると主張していた。

 より重要と思われたのは、諸国へのATD導入の後押しを意図して発行されたであろう、2011年にUNHCRが発行した文書『基本に戻る 人格の自由および安全保障の権利と、難民、難民申請者、無国籍者、その他の移民への「収容代替措置」』(BTB: Back to Basics: The Right to Liberty and Security of Person and 'Alternatives to Detention' of Refugees, Asylum-Seekers, Stateless Persons and Other Migrants)である(この文書の仮訳はシンポジウム資料に含まれていた)。というのもこの文書は、収容をなるべく不要なものとするための義務を国家が負っているということを、国際法の観点から強調しているからだ。

 まず、難民申請者や難民の収容は、最終手段でなくてはならない。この立場は「難民は不法な入国または滞在を理由に処罰されてはならないことを確立する、国際法の一般原則にもとづくものである。また、非正規移民の文脈においてすらも、密入国業者の利用をつうじて非合法に移動する選択をした移民を訴追するべきではないという、一般的見解が存在する」。また「各個人を収容する必要性についての評価基準」が「体系化」されねばならない。つまり、その適用の根拠が誰にとっても明らかとなるような体系的な基準が設定されねばならない。ただし、たんに体系的であればいいというわけでもない。恣意的であることを避けるために、この基準は同時に「均衡性」(proportionality)の原則にそくしている必要がある。つまり、目的と手段との釣り合いがとれていなければならず、手段が目的に比して行き過ぎてはならない。したがって、「全件収容〔mandatory detention〕や、収容に有利な仮定をもちこむことは、これにもとづいて〔国際法上〕不法と判断されている」(BTB, p. 21f.)。また、収容の恣意性を防ぐためには、収容の「最長期間の設定」が必要であることも指摘されている(p. 24)。

 文書『基本に戻る』ではさらに、収容代替措置を設けることが、国家の「積極的義務」であることを確認している。収容は、どうしても必要な場合にのみ、合理的な理由によって、かつ目的にたいする均衡性の限度内でしか、実行されてはならない。したがって、「かわりの選択肢が存在しない」という理由だけで「個人を拘禁すること」は、「国際的義務の実行にたいする背信」であり「国際法に抵触しうる」(BTB, p. 26)。

 要するに、たんに収容が不要だというだけでなく、いま日本の入管がおこなっているようなかたちでの収容の執行は、国際法からみて不法ですらあるのだ。このような前提に立ってATDが日本にも導入されるならば、それは、いまだ原則的には全件収容主義である日本の現行の入管行政の根本的変更につながりうるだろう。


3. 入管の反応──全件収容主義は変わるか

 入管側からシンポジウムに登壇していたのは、入管総務課・難民認定室長の北村晃彦さんだった(かれは6月の国連大シンポなどにも登壇している)。北村さんが述べた入管側の見解は、おおよそつぎのようなものであった。2005年(平成17年)における「仮滞在」制度の導入をもって、難民申請者の権利は保障されている。問題なのはこの制度が実際にどう運用されているかでしかない。入管が収容によって難民認定を妨害していると思われるとしたら筋違いである。収容されたあとで難民申請をする者がいるが、そういう者をすぐに仮放免できないので、結果として難民申請者が収容されているだけだ。

 北村さん(=入管)からしてみれば、恣意的に収容しているという意識はみじんもないということだろう。なぜなら、在留資格がないというだけで、だれでも自動的かつ無期限に収容するというのが、いまもかわらない入管の原則だからだ。そのうえで、いくつかの例外、しかも個別の事情よりも入管の基準や都合によって判断される例外においては、収容せず仮放免しているというのが、実際の入管の基本的な姿勢である。いわゆるこの「全件収容主義」は、収容代替措置(ATD)の理念における「収容は不要」という前提とは対極のものである。この原則そのものの廃棄が問題にされているとは、北村さん(=入管)はまったく考えてもいないというのが、わたしが北村さんの一連の発言から受けた印象であった。

 仮滞在制度ひとつとっても、いくつも問題があり、これをATDと見なすにはあまりに不十分である。法律によれば、これが適用されるのは、「当該外国人が本邦に上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日)から6か月以内に難民認定申請を行ったものであるとき又は難民条約上の迫害を受けるおそれのあった領域から直接本邦に入ったものであるときなどの一定の要件」を満たした難民申請者である。この「6か月以内」の申請や「直接本邦に入った」事実といった要件は、なぜ必要なのか。また、「など」とされているほかの条件とは具体的にはどんなものか。そういったことは申請当事者には知らされない。これでは、「こういう要件を満たさなければあなたを正当な難民申請者として認めない」と、あらかじめ日本政府がハードルを作り出しているも同然である。ところがATDの理念によれば、なによりまず当事者の個別的事情(難民としての状況のみならず健康やそのほかの属性)が配慮されねばならない。したがって、現行の仮滞在制度は、その運用のみならず原理においても、ATDの理念を反映しているものとは決して言えないだろう。

 たとえ仮滞在の資格が与えられたとしても、就労は禁止される。そもそも難民とは公用などで来たのではなく逃げてきたのであって、申請期間中であれ生活の糧をかせがなければ生きていけないのに。たしかに、外務省傘下の「アジア福祉教育財団難民事業本部」(RHQ)が、一種の生活保護費を難民申請者に給付している。しかしながら、これを受けることの基準は公開されず、一度給付がはじまった家族が不条理な理由でとつぜん支給を打ちきられ困窮するというできごとが、あとを絶たない(たとえば「チェチェンニュース #367 難民支援に外部の目を」を参照)。これでは、難民申請者は不法な条件のもとで労働せざるをえないだろう。難民が生活のためにはたらくことを、つまり生きることそのものを、入管は「不法」化しているのである。これもまた、仮滞在制度がATDとは見なせない理由のひとつだと言えよう。

 日本の現行の入管制度が難民申請者にたいして与えている負荷をとりのぞくことなしに、ATDの適切な導入はありえないだろう。そもそも、難民が日本でどのように申請をすればいいかのじゅうぶんな広報や、難民に負荷のかからない申請の環境の準備は、難民条約を結んでいる日本政府の義務であるはずだ。その義務を果たすこともなしに、「収容されてから難民申請する者がいる」などと発言する北村さん(=入管)は、ATDの理念をまったく理解して(あるいは、しようとして)いないと言わざるをえない。

 この点にかんして、いま日弁連がとりくんでいるという、空港での難民申請の制度的改善は、ひとつの重要なポイントであろう。シンポジウムでの渡邊彰悟さん(日弁連人権擁護委員会・難民認定問題特別部会長)の発言によれば、現行の空港申請制度は、入管の判断による即時の収容や強制退去が背後に控えていて、難民へのプレッシャーとなっており、それが空港申請の数の低さにつながっている。実際、たとえば2006年の難民申請者954人にたいして、空港申請は成田で99人、国際空港全体で119人となっている(参照:難民支援協会 http://www.refugee.or.jp/jar/topics/other/2008/09/19-1900.shtml、全国難民弁護団連絡会議 http://www.jlnr.jp/stat/kuukou.html)。このような空港申請制度の改善もまた、ATD導入に関連する制度変革の必要不可欠な一部である。


4. 在留の正規化はどうなるか

 かりに収容を例外的措置へと追いやることに成功したとしても、在留の正規化をどのように進めていくのかという問題がある。いわゆるオーバーステイの移民は、日本では、たとえ5年や10年以上なんの問題もなく滞在していたとしても、在留資格を得るのは難しいという事実がある。難民であっても、難民認定の絶対数も比率もほかの難民条約締結国とくらべてあまりに低い日本では、あまり状況は変わらない。大多数の申請者は、その難民性の高さに関係なく、一年以上の申請期間のすえに不許可を通告され、退去強制を発令されるというのが現状である。こうした状況が変わらないままでは、収容だけなくなっても、多くの移民・難民が非正規滞在の状態に留めおかれることになる。

 シンポジウムでの日弁連の渡邊さんは、「大きな」または「広い意味での」収容代替措置(ATD)についても論じていた。ATDが非正規滞在者の定住認定を含んでいることを、かれは主張していた。わたしもおおいに賛成である。いつまでたっても正規化されないとすれば、非正規滞在者はたとえ何年日本に暮らしていても、いつかは収容されうるのである。だとすればATDには、収容されねばならない人を作り出さないようにする政府の積極的努力が含まれねばならないだろう。長期の非正規滞在者の在留を正規化していくことは、ATDの一環である。


5. 歴史的に見た日本の入管問題──未解決の戦後責任問題として

 収容代替措置(ATD)の導入に向けた日弁連やUNHCRやNGOの交渉にたいして、法務省および入管は、さまざまな局面で抵抗してくるだろう(交渉当事者のかたがたはすでにそのような抵抗を感じているのではないかと思われる)。すでに見たように、ATDの日本導入の動きは、国際的な動向の日本への反映というかたちをとっている。そのこと自体になにか問題があるわけではない。しかしながら、法務省・入管が「日本に特有の事情」などといった口実によってこの「国際的な動向」を骨抜きにしようとすることも、おおいに予想できる。

 他国の入管政策と日本のそれとのあいだに、類似する点は多くある。たとえばオーストラリアでは1992年から全件収容主義(mandatory detention)が公式に採用されている。近年のヨーロッパ諸国でも、移民・難民にたいする規制が厳格化していることも周知のとおりだ。だがそれでも、日本の入管制度の閉鎖性や排外性は、他国の近年の傾向とは根本的に異なるところがあると言わざるをえない。ことし7月のノルウェーでのテロ実行者である右翼青年アンネシュ・ブレイビクは、日本を「多文化主義を拒否している国」として理想視していた。もっとまえから、たとえばフランスの極右政党・国民戦線は、フランスの国籍法を「日本なみ」に変えたいだけだと公言してきた(たとえば移住連・岡本雅享さんの記事を参照)。このように他国の極右に理想視される日本の入管政策とは、いったいなんなのか。その特殊性を適切に問題化する必要がある。

 とはいえ、日本人の(擬似)文化的な特殊性などといったことは関係ない。その特殊性の根幹は政治的なものである。つまり、大日本帝国期の植民地政策に由来するものである。戦前の日本は、植民地化した朝鮮や台湾の人びとを「皇国臣民」として天皇制にとりこもうとした。そのため、植民地住民の渡日を規制する法的根拠はまったくなかった。現実には、土地の所有関係を日本人植民者のために作り変えた結果として、とくに朝鮮の農民が生活手段を失い、職を求めて日本に渡る傾向が強まった。これにたいして日本は、治安維持などといった口実によって、しかも立法ではなく「内鮮協定」などといった約束によって、朝鮮人の渡日は厳しく管理された。1945年の敗戦後、日本は旧植民地を公式に放棄することを決定するまえに、1947年の外国人登録令(最後の勅令)によって、日本列島内の旧植民地出身者を外国人と「みなす」ことを決定した。とりわけ、台湾出身者とは異なり「解放国民」として扱われなかった在日朝鮮人は、それによってさまざまな権利を奪われ、治安弾圧の対象となった。1950年には出入国管理庁が設置され、51年には出入国管理令が発令される。木元茂夫は、現在の入管の前身である出入国管理庁が、「朝鮮戦争の勃発に対応した戦時入国管理体制として発足した」ものである点に、つまり戦火を逃れてきた朝鮮人難民たちを排除するために置かれたものである点に、注意を促している(入管問題調査会編『密室の人権侵害』現代人文社、83頁)。1952年には、サンフランシスコ条約発効によって、旧植民地出身者は正式に日本国籍を離脱したと見なされた。ところが同条約内には、旧植民地出身者の日本国籍離脱にかんする明文規定はない。実は法律ではなく通達によって、すなわち、同条約発効直前の法務府民事局長通達「平和条約の発効に伴う朝鮮人台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について」によって、旧植民地出身者の日本国籍は一方的に剥奪されたのである。

 以上のような日本の植民地政策および「脱」植民地政策において一貫しているのは、法的な根拠をともなわない関係当局の専断によって、旧植民地出身者とりわけ朝鮮人の地位が、政府に都合よく操作されてきたということである。このようなとことん植民地主義的な「外国人」管理政策の延長線上に、今日の入国管理局があるわけだ。1965年の池上努(法務省参事官)による「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと自由」という発言に象徴される入管の精神は、いまも生きているわけである。1981年に難民条約を締結したときにも、日本は難民認定法を入国管理法とセットにした。その結果が今日の難民認定の実態であることは、移民・難民の支援者には周知のとおりである。1980年代以降に増加した移民労働者も、入管は従来どおりの「煮て食おうと焼いて食おうと自由」という姿勢で扱った。収容所内で振るわれてきたおぞましいまでの暴力が、1994年に元入管職員が内部告発に踏みきるまで、世論の注目をほとんど受けてこなかったことも、周知のとおりである。

 要するに、日本は戦前からずっと、法的根拠すらもたないような専断的な「外国人」管理政策をとりつづけてきたのである。日本の入管行政の特殊性とは、まさにこのことである。だとすれば、日本の入管行政の問題とは、日本の未解決の戦後責任問題のひとつとしてもとりくまれねばならないだろう。そのような入管問題へのアプローチは過去にまったくなかったわけではないが(1970年前後の入管法案反対運動)、しかし継続することなく収束してしまった。解決されなかった過去の問題が今日まで続いているのである。したがって、これから少なからず活発化するであろうATD導入が、人権問題一般としてのみならず、現在まで続く日本人の負の歴史を清算にもかかわる問題であると、わたしは考える。入管の専断を許してしまっているのは、けっきょくのところ日本人なのだから。


6. おわりに

 シンポジウムで石井宏明さん(なんみんフォーラム副代表)さんは、法務省・入管とNGOとの「信頼」と「協力」を呼びかけていた。その意味はわたしにも分からないわけではない。国際拘禁連盟は、収容代替措置(ATD)導入のためには、移民・難民の地域コミュニティ定着に協力する市民運動が重要であることを強調していた。上からの専断に対抗する下からのイニシアティヴが必要であることは、一般論としてわたしも賛同する。ATD導入を当局に現実的なものと思わせなければいけないということもわかる。だが、これは言うまでもないことなのかもしれないが、「信頼」と「協力」の相手とは、なによりもまず移民・難民ではないだろうか。

 2010年5月の東日本入管センターでのハンストをきっかけとして、仮放免状態にある移民・難民が「仮放免者の会」(PRAJ)として団結し、入管当局に抗議や要請をつづけている(http://praj-praj.blogspot.com)。2010年3月に強制送還中に命を奪われたアブバカル・アウドゥ・スラジュさんの妻とAPFSは、かれの死の責任追及のために、2011年8月から国賠訴訟に踏みきっている(http://apfs.jp/report20110805_1387.php)。たとえばこうしたとりくみこそが、日本の入管の抑圧的・閉鎖的な体質をゆるがすためのもっとも重要な底力となるだろう。ATD導入の運動がこうしたとりくみとも連携するものになっていくのがより望ましいだろうし、そのためにわたしも微力ながら貢献していきたいと考えている。
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by p-dragon | 2011-11-21 20:09 | 声明・情報・考察  

名古屋入管ハンスト

名古屋入管でハンストがおきています。以下転載。

_______________

名入管で集団ハンスト 難民申請外国人ら処遇改善求める

中日新聞 2011年4月30日 09時08分
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011043090090859.html


 名古屋入国管理局(名古屋市港区)に収容され、難民申請の準備をしたり在留資格を求めている外国人らが処遇改善を求め、ハンガーストライキをしている。名古屋入管も事実を認め、食事をするよう説得している。

 難民や外国人労働者を支援する民間団体「START」(名古屋市)によると、ハンガーストライキをしているのは、入管難民法違反(不法滞在)で収容されているミャンマー人男性のキンマウンソウさん(32)ら。名古屋入管は国籍などを明らかにせず、28日時点で15人と説明しているが、STARTは「ミャンマー人やパキスタン人ら22人」と話している。

 キンマウンソウさんらは22日夜、施設内にある意見箱に仮放免申請者の速やかな仮放免や強制退去命令を受け、帰国を承諾した人のための航空券手配、病院での適切な治療、冷えていて量が少ない食事の改善などを求めた文書を提出。23日朝から、17人がハンガーストライキを始め、その後、人数が増えたという。

 START代表倉田美喜さん(27)によると、キンマウンソウさんはミャンマーの軍事政権に目を付けられ、3年半前に来日。難民申請が認められず、現在は再申請を準備中という。パキスタン人ナジャム・アス・サジット・ナイムさん(46)は、在留資格のあるフィリピン人女性と結婚。日本国籍の連れ子もおり、自らの在留資格を求めている。

 倉田さんは「ストライキ参加者には、難民申請中や強制退去命令撤回を求める裁判中の人もおり、半年以上収容されている人も。体調も崩し始めている」と話し、28日に改善を求める申し入れ書を同入管に提出した。

 一方、名古屋入管は「食事の拒否は26日から」と説明。「食べるように説得しているが、一部は売店で食べ物を購入した事実も把握している。要望は調査中」と話している。
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by P-dragon | 2011-05-02 09:26 | 声明・情報・考察  

東日本入管センターでスリランカ人男性が一時意識不明に

 2週間ほどまえのニュースになりますが、4月11日の17時16分ごろ、福島県浜通りを震源とする地震がありました。地震の規模はマグニチュード7.1で、3月11日の東日本大震災の余震とみられています。
 この地震により 8人のかたが重軽傷を負ったと報道されていますが、そのうちのひとりは東日本入管センター(茨城県牛久市)に収容されているスリランカ人男性です。


以下、引用
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茨城で男性が転倒、死亡=福島では数人生き埋め

 最大震度6弱を観測した茨城県では、龍ケ崎市の男性(46)が地震で転倒し、頭を強く打ち死亡した。東日本入国管理センター(牛久市)でも、スリランカ人男性(46)がショックで倒れ、一時意識不明になった。
 福島県内では、いわき市田人町で土砂崩れが発生し家屋3棟が倒壊し、計8人が巻き込まれた。このうち数人は自力脱出したり、消防に救助されたりしたが、残り数人が行方不明になっている。同市渡辺町では、車2台が土砂崩れに巻き込まれたが、運転者らは無事救出された。(2011/04/11-21:21)

http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011041100786(時事通信)
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引用以上


 茨城県では、いまだ大きな余震がひんぱんに起きています。こうした位置にある東日本入管センターでの収容は、被収容者のおおきなストレスになるばかりでなく、かれら・かのじょらの生命を危険にさらす行為です。地震による建物の倒壊や火災の危険がじゅうぶんに危惧される場所で、ひとを収容所にとじこめ、身体の自由を拘束しつづけることは、とりわけゆるされないことです。
 しかも、先週月曜日(4月18日)からは、3月11日以降ストップしていた東京入管(東京・品川)から東日本入管センターへの被収容者の移収が、再開されました。いったい入管はどのような判断のもと、いっそう大きな危険が予想される茨城へと収容者をわざわざ移送しているのか、理解にくるしみます。
 わたしたちは、移民・難民を犯罪者あつかいし収容することそのものに反対していますが、入管が被収容者の安全確保をおこたっていることにたいしても、強く抗議していきたいとおもいます。
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by P-dragon | 2011-04-27 02:32 | 声明・情報・考察