墓田桂『難民問題』の批判的検討 (はじめに・目次)

墓田桂『難民問題』の批判的検討

柏崎正憲


《目次》
はじめに
1.難民を脅威と見なす難民研究者


はじめに

 欧州難民問題にかんする解説の続きとして、ヨーロッパ社会の移民排斥の動向について書くつもりでいたが、そのかわりに、昨年夏に公刊された墓田桂『難民問題』(中央公論新社、2016年9月)を批判的に検討したい。墓田は国内避難民の研究者で、仏のナンシー第二大学で公法学の博士号をとり、現在は成蹊大学教授。そのような人物が昨今の難民問題を解説するのは適任に見える。だがその内容は、率直に言って「この人物に難民研究者として語る資格があるのか」と疑いたくなるほど酷いものだった。難民問題には理想主義ではなく現実主義で対処すべきだと、墓田は主張している。現実主義というのは、受入国が自国内での難民保護を制限すべきということを意味する。難民条約からの脱退すら、彼は一つの選択肢として提唱している(230頁)。

 むしろ墓田こそが、ある種の現実を軽視あるいは無視しているのではないか。彼が軽視している現実とは、移民や難民が「国益」の手段ではなく、権利と尊厳と血のかよった身体をもつ人格であるということだ。そして彼がまったく無視している現実とは、近年の「難民危機」に先立って振るわれてきた、世界の「南」に属する人々への直接的な暴力や間接的な圧力であり、しかもそうした暴力・圧力の全てではないにせよ大きな部分が、「北」に属する豊かな国々から生じているということに他ならない。墓田の「現実主義」は、これらの現実を考慮しないという非現実的(あるいは反現実的)な態度を決め込むことでしか成立しえないものだと言える。

 とはいえ、墓田の著作を取り上げることには、それなりの利点もある。彼の著作は、現在はびこっている移民・難民への恐怖、警戒、敵意を、極右や排外主義とは異なる語り口で、ある意味では巧みに表現しているからだ。彼の主張は、移民が国益に貢献するという論法では覆せないだろうし、難民擁護論にありがちな抽象的な人道主義だけで対抗することも難しいだろう。越境者を「危険」や「脅威」に結びつける言説に抗うには、移民や難民の主体的行為としての越境を、権利として擁護しなければならないだろう。

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by p-dragon | 2017-03-22 18:07 | 声明・情報・考察  

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