SYI移民・難民交流会 第3回 終わりました


食べよう! 学ぼう! SYI移民・難民交流会
第3回 コロンビア難民の話
SYI's Learning Café with a Colombian Refugee

2014年11月23日(日)  万世橋区民会館・調理室

告知

「編む夢日記」報告


芋のようなホクホクした青バナナの入った、南米風シチュー「エストファド」をいっしょに作り、食べながら、コロンビア難民Cさんのお話を伺いました。

Cさんが来日してから、およそ20年がたちますが、入管当局は彼の難民認定どころか正規の在留すら認めていません。
ですが、故郷の家族を思い涙を流しながらも、帰国すれば彼の生命の安全は保証されないのです。
SYIは今後もCさんに協力していきます。

Cさん、ありがとうございました!

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参考までに、会場で配布した資料です。

【コロンビア共和国の歴史】

1819年 コロンビア共和国(大コロンビアGran Colombia)がスペインから独立(現在のベネズエラ、コロンビア、エクアドル、パナマの全域と、ガイアナ、ブラジル、ペルーの一部)。大統領はシモン・ボリーバル(Simón Bolívar)。

1830年 大コロンビア解体。ヌエバ・グラナダ(Nueva Granada)が共和国として独立。1858年、連邦制を採用。1861年にはコロンビア合衆国(Estados Unidos de Colombia)、1886年にはコロンビア共和国(República de Colombia)へ。
→ 1840年代にコーヒー栽培が開始。
→ 1848年、連邦主義急進派が自由党を結成。おもな支持者は商人、職人、新興企業家、農民など。1849年、連邦主義穏健派と中央集権派が同盟して保守党を結成。おもな支持者は貴族、大地主、教会など。これらがコロンビアの二大政党に。

1899年 千日戦争(Guerra de los Mil Días、1902年まで)。保守党政権にたいする自由党の武装蜂起をきっかけに。約10万人の犠牲者。
→ パナマ運河の権益を狙うアメリカ合衆国が介入、パナマ地域の独立派を援助し、1903年にパナマ共和国がコロンビアから独立。 

1948年 暴力時代(la Violencia)のはじまり。1946年成立の保守党政権が、暴力による反対派の弾圧を拡大。1948年、自由党党首で大統領候補だったガイタン(Jorge Gaitán)が選挙直前に暗殺されたことをきっかけに、市民が激しく衝突し、ボゴタ暴動が発生。
→ 軍事政権: 1953年、ロハス将軍(Rojas)がクーデターで政権に就く。自由党、保守党に代わる第三勢力を確立しようとしたことで、支配層の反感を買い、1957年に再度クーデターが起こる。一年の軍政のあと、自由党と保守党が「国民戦線」(Frente Nacional)協定のもとで政権を四年ごとに交代する時代に(協定は1974年まで)。

1966年 コロンビア革命軍(FARC) が結成。その後、民族解放軍(ELN)、解放人民軍(EPL)、「4月19日」運動(M-19)が次々と組織される。
→ 二大政党の寡頭支配を覆すために、武装路線へ。1970年代末にはゲリラ闘争が激化。
→ 1984年 保守党政権が、左翼ゲリラとの和平交渉へ。1985年にはFARCが議会進出のため愛国同盟(UP)を創設。しかしUPの議員や関係者が次々に暗殺。和平交渉は決裂へ。
→ 1980年代には米国が、パナマやコロンビア等での麻薬取締・ゲリラ弾圧への介入を開始。
→ 2012年から政府とFARCとの和平交渉がはじまったが、中断と再開を繰り返す。最近では11月18日に陸軍大将を拘束し、交渉再開を要求。

1970年代 コカイン産業の発達。
→ コカ(大麻)栽培そのものは先住民の伝統。コカインの精製と密売は、1970年代からはじまる。メデジン・カルテルやカリ・カルテルなど、麻薬マフィアが成長。麻薬マネーが政界や行政、公権力にも浸透し、政治腐敗へ。
→ FARCなど左翼ゲリラも、南部の自治地域での支持を保つため、地元のコカ栽培を撲滅できず、やがてコカイン産業を資金源にするようになる。
→ M-19による誘拐(金持ちから誘拐で得る身代金もゲリラ闘争の資金源に)が、麻薬マフィアのメデジン・カルテルにも及んだことをきっかけに、メデジン・カルテルは、身辺警護や暗殺を担う独自の武闘集団を組織。 

1989年 麻薬戦争。麻薬規制の強化を訴える大統領候補ガラン(Luis Carlos Galán)が、選挙中に暗殺。自由党政権が麻薬対策を本格化させる。政界有力者や反対派指導者の暗殺も相次ぐ。
→ 1991年、メデジン・カルテルのエスコバル(Escobar)が自首。専用刑務所からカルテルの指揮をとったが、その後脱走し、1993年に潜伏先で特殊部隊により殺害。

1997年 コロンビア自衛軍連合(AUC)が結成。地方の右翼民兵(paramilitares)を束ねる上部組織。
→ 地主などの地方ボスが擁する私兵集団は、1940年代の「暴力時代」から存在。ゲリラ闘争の時代に、反ゲリラの私的暴力として活発化。

2002年 アルバロ・ウリベ大統領が就任(2期、2010年まで)。強権的な治安政策(Plan Colombia)を進める。
→ 左翼ゲリラも麻薬マフィアの武装部隊も、「テロ対策」の名目で弾圧。
→ 治安部隊は米国の軍事的後援や訓練を受ける。
→ 右翼民兵(パラミリターレス)には寛容で、2005年には「公正・平和法」を公布し、恩赦を前提とした民兵の武装解除を進める。しかし、Human Rights Watchなどの調べによれば、2010年ごろから民兵はふたたび活発化。


《参考文献》
二村久則(編著)『コロンビアを知るための60章』明石書店、2011年
伊高浩昭『コロンビア内戦 ゲリラと麻薬と殺戮と』論創社、2003年
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by p-dragon | 2014-12-02 09:45 | アクション報告  

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