SYIしんぶん 2014-01

SYIはニューズレターを作りはじめました!
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内容抜粋


2013年・日本の入国管理局はこうだった!

 入国管理局にある外国人収容所のエゲツなさはエスカレートしている。しかし入管の、本来なら大罪ともいえる人権侵害を裁く機関は、今のところ、この日本では何処にもない。というよりも入管は日本政府そのものに守られ、外国人への虐待は止まることはない。
 2013年だけでも、あらゆる事件がおきた。長期収容に対する不満や処遇改善などを求め、収容者達によるストライキが行われた。「自由時間」が終っても部屋に戻らないという抗議が、何度か組織された。しかし数が圧倒的に勝る入管職員達により、ほとんどの場合、何の要求も達成できないうちに、懐柔され、あるいは力ずくで解体される。暴力による抵抗をしないにもかかわらず、怪我を負わされた収容者も出たし、リーダーと判断された人の多くは独房に強制的に隔離された。
 チャーター機で一気に強制送還をするという事件もおきた。7月にはフィリピン人約75人、12月にはタイ人約50人が(註・裏面を参照)、入管職員に暴力的に空港に連れて行かれ、JALのチャーター機に押し込まれ、強制送還された。送還されるまでの出来 事は、まるで人を人とも思わないような屈辱的な扱いであったと、のちに送還された人々は語る。送還された人の中には、この国で10年から20年、それ以上も生活してきた人が多く、日本で生まれ、または幼いうちに日本に来たために、日本語しかしゃべれない人もいた。数々の事情を持って生活していた人々に対し、入管は少しの事情も聞かず、なんの配慮もなくまとめて追い払ってしまった。これを「不法滞在は犯罪者だから当然」「日本は法治国家」などと正当化する排外的な一般市民も存在する。日本の人権意識が、ますます低く見られかねない問題である。
 さらに東京入管では、10月に難民申請者が亡くなった。収容されたその日に倒れたにもかかわらず、入管側はしばらく放置していた。その結果、病院に運ばれた頃にはすでに手遅れとなり、難民申請者は帰らぬ人となった。あきらかに入管のせいではあるが、まったく問題として取り上げられることはなかった。こんなことは、これまでにも何度も繰り返されてきたことなのである。
 今年度にも、チャーター機の予算は新たに計上される。また多くの外国人が、まとめて日本から追い出されることとなるだろう。(O)


なぜ日本はヘイトスピーチに甘いのか──外国人差別に対する乏しい感覚

 昨今、話題に上ることの多いヘイトスピーチは、最近始まったものではない。何年も前からこの社会に存在していたものだ。その根幹にあるのが入管問題だといえる。こころみに入管のサイトにアクセスしてみよう。トップページには以下の文言が堂々と掲げられている。「法務省入国管理局では、『ルールを守って国際化』を合い言葉に出入国管理行政を通じて日本と世界を結び、人々の国際的な交流の円滑化を図るとともに、我が国にとって好ましくない外国人を強制的に国外に退去させることにより、健全な日本社会の発展に寄与しています」。人間を選別することに何の疑問ももっていないこの文章が、公的機関のサイトになんの憚りなく掲載されている今日の日本社会は、根底に差別が組み込まれていると言える。
 ヘイトスピーチに甘い日本社会では、「行動する保守」を批判する右翼が称揚されている。その際、彼らが別の問題で(たとえば歴史修正主義)見せる差別的な言動は、黙認される。一例として、よく良心的右翼として引き合いに出される新右翼団体「一水会」を取り上げよう。「一水会」は、2010年8月フランスの国民戦線のジャン・マリー・ルペンをはじめとする欧州各国の新右翼の日本に招き、靖国神社を参拝させた。欧州の新右翼は日本の入国管理体制を理想としており、2011年7月にノルウェーで起こった連続テロ事件の容疑者アンネシュ・ブレイヴィクは、日本と韓国の入国管理体制を讃美していたとさえ伝えられている。これら欧州新右翼は自国内で外国人排斥を先導している連中である。彼らを招いて歓待するということがなにを意味するか、論を俟たない。「良心的」右翼の代表としてとくに日本のリベラル言論界で重用されている「一水会」顧問の鈴木邦男は、ブログで次のように書いている。「どこのニュースでも、そうだったが国民戦線を「極右政党」と皆、書いている。これもおかしい。フランス議会、欧州議会では、かなりの議席を持った、れっきとした政党だ。それにフランスのサルコジ政権も、国民戦線の政策をかなり採り入れて、政権運営をしている。それなのに、「極右」と切って捨てるような書き方はいかがなものか。又、移民問題には頭を痛め、様々な提言をしているが、「移民排斥」はしていない。これだと、移民に襲いかかるネオナチ…というイメージだ。そんなことは一切やってない。そんなことをしたら議員にはなれない」。議席を持っているから、政権が政策を取り入れているから、極右ではないとする鈴木の指摘は噴飯ものだが、端無くも日本社会の差別性を浮き彫りにしている。欧州新右翼よりも露骨な差別的言動の多い石原慎太郎をはじめとする日本の極右政治家を日本のメディアは極右とは呼ばない。しかしそれは、相手を外国人と見なした瞬間から、その権利を奪うことになんの疑問も感じないという、この社会の差別的体制を示しているにすぎない。差別とたたかうには、まずこの事実を受け止めるところから始めなければならないだろう。(H)
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by p-dragon | 2014-03-01 10:08 | 声明・情報・考察  

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