【牛久ハンスト】被収容者からの手紙

以下は、SYI が牛久でハンスト中である一収容者から受け取った手紙の翻訳。
長文であるため、SYI が小見出しをつけた。

面会で手紙をうけとったときに、こうも告げられた。
「17日にふたたび会合をもちましたが、そこでは、ハンスト参加者は〔所内の〕ブロックを別にするぞ〔=ハンスト参加者と他の被収容者を隔離するぞ〕と言われました。くわえて、ハンスト参加者は全員出身国に送り返すぞ、とも脅されました。」

直後の抗議申し入れでは、山岡総務課長は「そういう話は聞いていない」などと受け答えをしていたが、いずれにせよ17日の入管職員の対応もまた、収容者の命がけの要求にたいする誠実な対応ではまったくなかったということだ。

手紙で伝えられる収容所内の実情には、あらためて絶句させられることばかり。
まだ先の見えない状況だが、収容者たちの抗議の意志表示に、入管は確実にゆさぶられている。

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↑ 牛久における不当な面会時間の短縮(ハンスト決行の翌日から!) ↑


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東日本入管センター 8Aブロック 被収容者より 2010年5月17日


1.収容所内の劣悪な環境
2.家族との別離、未成年者の収容
3.精神的拷問、そして自殺
4.仮放免手続きの問題
5.抗議のハンガーストライキ
6.4つの要求


 みなさまにご挨拶のほど申し上げます。わたしはいま東日本入国管理センター(茨城・牛久)に収容されている者です。 この手紙を差し上げたのは、わたしたちが入管収容所内で日々直面している問題について知っていただきたいからです。

 わたしたちが日本にやって来たのは、出身国での迫害から逃れるためです。ところが、難民資格を申請中であるにもかかわらず、わたしたちは入管に収容されてしまいました。そしてこの施設では適正な扱いを受けていません。


1.収容所内の劣悪な環境

 収容所での食事は非常に粗末なものです。冷たい米とまずいおかずが出されます。朝食には二切れのパン、かたいゆで卵、200mlのミルクまたはジュースが出され、それが毎朝続きます。昼食や夕食で出されるのは、腐りかけの魚、かたい肉、脂ぎったもの、ほんの少しのわかめが浮いているだけの塩味のスープ、といったものです。まずくて食べられないので、残す人が多くいます。少しでも食べやすくするために、スープの蒸気で他の食品が温まるようビニール袋に包んでみたら、袋は何に使われるか分からないので危険だといって、取り上げられてしまいました。そうやって、収容所内での生活を少しでも改善しようとすることさえ邪魔して、わたしたちの希望をくじくのです。

 このように栄養状態が悪いので、健康はすぐに損なわれます。収容所の医師は、きちんと診断もしないで痛み止めや抗ストレス剤をでたらめに出すだけです。ことしのはじめに、収容所内のあるブロックでは結核が流行しました。これが所内の粗末な医療環境のせいであるのは言うまでもありません。所内の空気も暑苦しくじめじめしています。まるで拷問を受けているような気分です。

 所内の施設・環境の全般が、わたしたちの生活状態を悪化させるものです。所内を自由に移動できる時間は、午前9時半から11時半と、午後1時から4時半までしかありません。それ以外は房のなかに動物のように閉じ込められたままです。房の畳は古くほこりまみれで、肌荒れや呼吸のアレルギーを起こします。寝るためには4つの毛布しか与えられないので、体が痛くなります。ロッカーや棚などまったくなく、紙袋があるだけです。ヒーターが午後10時に止まり、しかも冬だからといって毛布が追加されることはないので、冬には寒さに震えながら寝ることになります。

 所内には売店がありますが、出される食事が口に合わず、また差し入れも所内の売店で販売しているもの以外は許可されないので、売店の値段が割高な食べ物を買わされることになります。また、被収容者は文書のコピーをとるのに一枚300円も取られます。わたしは2008年から収容されていますが、そのように長期収容されていて日本に身よりもない人には、300円がどれだけ高額かお分かりでしょう。コピー一枚になぜこんなにお金がかかるのでしょうか。〔註:ただしこの段落のコピー代金300円については、収入印紙代のことかと思われる。〕


2.家族との別離、未成年者の収容

 わたしは日本に妻とたったひとりの息子がいます。わたしは2008年から収容されていますから、約2年も息子から引き離されているわけです。息子は7歳で小学二年生になりますが、わたしは息子とながらく会っていません。

 未成年者の収容も日本の入管では行われます。未成年者は社会的に保護されるべきでしょう。わたしたちのなかには、17歳で収容されたネパール出身の少年もいます。かれは約一ヶ月まえにストレスで精神状態を崩しました。不眠症になり、落ち着いていることができず、突然叫び出すようになってしまったのです。ところが、かれは医者に見てもらうどころか、独房に移送されてしまいました。こんなことが解決になるのでしょうか。これでは病状は悪くなるばかりでしょう? また、ごく最近、あるフィリピン人女性が品川入管内で心臓発作を起こして亡くなりました。こういうことが起こるのも、所内で適正な医療や診断が行われないためです。


3.精神的拷問、そして自殺

 所内では毎日のように、職員はわたしたちの精神をさいなむような扱いをします。それでわたしたちが怒り抗議すると、独房に閉じ込めるのです。これは日々少しずつ積み重ねられる拷問です。そうやって、わたしたちがこの国で平和な暮らしをかち取ろうとする意志をくじき、帰れば死ぬかもしれない出身国へと追い返そうとするのです。

 最近、わたしは所持していた睡眠薬を取り上げられました。長期の収容のせいで、それがないと眠れないのです。以後、眠れないつらい夜をすごすことになりました。その薬の所持は規則違反であるとのことで、わたしは懲罰のために独房に入れられました。テーブルもテレビもない三畳間で、監視カメラが設置されていました。トイレにはドアがないというのに、部屋の窓は開きません。壁には自殺するぞという訴えの落書きがあり、以前この部屋に移送された人の苦しみが伝わってきました。食事のときには箸さえも渡されません。こんな環境でまともな精神のまま暮らすことが誰にできるでしょうか。

 わたしはここに19ヶ月も収容されているので、最近こんなことに気づきました。所内のテレビではサイコホラーや戦争もの、暴力ものの映画がよく放映されるのです。こうしたものばかり見ていると、気がおかしくなります。数週間のサイクルで同じ映画が放映されます。平日にはBBCニュースが流されます。しかしその内容はよくわかりません。音声が英語から日本語へ、また逆へとひんぱんに入れ替わるからです。

 自殺もまた、入管内ではよくあるできごとです。Japan Times紙は、2000年から2004年までに23人が入管内で自殺してしまったと報じています〔訳者註:ここで触れられているJapan Times紙の記事は裏がとれていません〕。2009年には中国人とブラジル人が自殺しました。2010年には、すでに2月と4月に自殺者が出ており、これも報道されています。それらの自殺のほとんどは、共通の理由によるものです。かれらには家族がおり、非常に長いあいだ家族から引き離されてしまったがゆえに、それに苦しんだのです。入管政策そのものが改善されることがないかぎり、今後も自殺は起きつづけるでしょう。

 2月8日の自殺者は、ラファエル・ヨシモリというブラジル人でした。かれはすでにここ牛久に来る前に、1年半のあいだ刑務所に居ました。そのあいだにかれのビザが期限切れになったために、かれは自動的に牛久に移送されたのです。その3ヶ月後にかれは自殺しました。1年半の刑務所生活を送った人が、たった3ヶ月の入管収容所で自殺してしまったのです。入管収容所でわたしたちに加えられる精神的拷問がいかに耐えがたく危険なものか、このことがよく示しています。自殺するまえに精神を損なってしまい、医者にかからねばならない状態に陥る者さえいますが、その場合も医療を受けることはできません。


4.仮放免手続きの問題

 最悪の問題は、仮放免申請の手続きにあります。手続きの結果が出されるまでに非常に長い時間がかかります。そして許可がおりたとしても、仮放免時には50万円から300万円という大金をが身元保証金として払わねばなりません。現実上、収入がない人は収容所を出ることができないのです。

 仮放免申請者が必要なものを揃えることができれば仮放免となりますが、しかし何度目かの仮放免許可の更新のさいにふたたび身柄を拘束され収容されることがほとんどです。収容者はみな同じ経験をしています。これは日本人の犯罪者が、なにも悪いことをしていないのに再び逮捕されるということがありましょうか。なぜ難民申請者にだけこんなことを? わたしたちが出身国での迫害から逃れてここに来たことが悪いのでしょうか。みなさんが日本人でわたしたちが外国人であるからそうなるのか。これは人種差別ではないのか。


5.抗議のハンガーストライキ

 このような入管行政と被収容者への残酷な扱いに抗議して、わたしたちは今月10日にハンガーストライキを決行しました。当初の参加者は50から60人です。これは納得できる合意が達成されるまで続けます。しかし当局は、このストを中止しなければ、仮釈放が取り下げられ、しかも大村収容所(長崎)に移送されることになるぞと脅しをかけてきました。食事をとらないだけのことが何の罪で誰を傷つけているというのでしょうか。暴力的ではないかたちで自分の感情を表現する権利すらないというのでしょうか。メディアやNGOや国連に手紙を書いてはいけないとすら警告されました。なぜかれらは内部事情を隠そうとするのでしょうか。

 すぐにビザを出せとまでは言っていません。わたしたちは被収容者への公正で倫理にかなった扱いを求めてたたかっているのです。もちろん、難民申請や仮放免申請の審査も、いたずらに長期化し被収容者を苦しめることがないよう、もっと迅速に行われるべきですが。わたしたちは貴重な人生をなるべく価値あるものとしたいと思っています。出身国で迫害を受け、命を台無しにしたくはありません。

 ハンストが始まってから、いく人かの報道関係者がわたしたちを取材しようと訪ねましたが、面会は許されませんでした。わたしたちの表現の自由とメディアの報道の自由が妨げられたのです。

 一般の面会も、ストの翌日である11日から、もともと30分だったところが20分へと短縮されました。スト参加者が面会をするさいには、職員がひとり被収容者の横につくということすらなされています。ここは刑務所ではないし、わたしたちにはプライバシーや尊厳があります。真実が外に伝わることをそこまでして避けたいのでしょうか。

 ハンストの5日目には、早朝に職員が房のなかにどたどたと入り込み、わたしたちを叩き起こして連れ出し、体重を計りました。5人かそれ以上で、わたしたちひとりひとりを取り押さえながらそうしたのです。まるでわたしたちが暴れたから取り押さえているかのようでした。なぜそんなことをしたのか。体重の減少を見せつけて、ハンストを考え直させるため? まるで職員がわたしたちをおもちゃにしているようでした。さもなければ、わたしたちがもっと悪い状態に陥ることを待ち構えているかのようです。わたしたちはこのハンストを死ぬまで続けることを決心しました。このハンストは、わたしたち自身のためだけでなく、これから収容されるかもしれない人のためのたたかいでもあるのです。他の人をわたしたちと同じ目にあわせたくはありません。

 しかしながら実際、ハンストが長引くにつれて思うのは、わたしたちが決心した結果が本当に起きてしまうかもしれないということです。わたしたちはハンストを続けますが、日本の入管の人間たちにとってはわたしたちの命などたいした問題ではないということも分かっています。これまでに、遺書を書いて自殺をした人がでたときにも、入管の対応はそうでした。また、外部の医療機関で適切な治療を受けられなかったために、命を失った人もいるのです。どうか事態の改善のために、わたしたちを支援してください。最悪の結果がもたらされる前に、入管がわたしたちの状態について考え直すよう、働きかけてください。

 日本は国連に加わっています。ならば国連難民条約に従うことは当然ではありませんか。その第三条にはこうはっきりと書かれています。「締約国は、難民に対し、人種、宗教又は出身国による差別なしにこの条約を適用する」。では、わたしたちの身の上に起こっていることは一体何なのでしょうか。日本は国連の一員として自国が果たすべき役割について考え直すべきです。


6.4つの要求

 わたしたちの直面している状況について、わたしたちは4つのことを要求します。

 1. 未成年者を収容するな。

 2. 最長でも6ヶ月という限度を収容期間として設け、それ以上の収容を行うな。

 3. 仮釈放時に払う保証金額を20万円以下とし、かつ収入のないものについては保証金そのものを免除せよ。

 4. 仮釈放された者については、裁判所が難民審査の結果を出すまで、再収容を禁止せよ。

 最後に、この東日本入管センターの被収容者を代表して、この手紙を読んでくれたことに感謝します。みなさまからの支援や働きかけを望みます。もし可能であれば、面会にも来てください。どなたでも歓迎いたします。


心をこめて、
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by P-dragon | 2010-05-20 11:18 | 入管内からの声  

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